噂はかねてから聞いていた。
「猪油撈飯」。
その日本語料理名が素晴らしい。「ラードご飯」である。
まさに、我ら油愛好者のためのご飯ではないか。
その実体やいかに、と向かったのは、恵比寿ウエスティンホテルにある中国料理の「龍天門」である。
事前予約が必要な裏メニューと聞いて、入念に予約し、店に入った。
ここは広東料理を中心とした、高級料理店である。
フカヒレ、鮑など高級乾貨(ガンフォ乾物)の料理を得意としている。
そこで出されるラードご飯は、炊き込みご飯か、炒めご飯か?
期待に鼻穴を膨らませながら席に座り、ラードご飯前の料理を選ぶ。
ここでお腹を一杯にしてはいけない。
ラードに集中するため、揚げ物は避ける。という注意事項を胸に刻みながら、慎重に料理を選ぶ。
そしてついにラードご飯(2~3人前1800円)が運ばれてきた。
木のおひつには、炊き立てのインディカ米が湯気を上げている。
二つの小さい椀には、ラードと醤油味のタレが入っている。
ラードはうっすらと黄色がかった、薄卵色、あるいは薄いキャラメル色である。
給仕人はラードの椀から、小スプーン二杯分のラードをご飯にのせた。
熱でラードが溶けゆく上から、タレをかけまわし、しゃもじでよくよくかき混ぜた。
「おおっ」。
茶碗によそられたご飯のお姿に、思わず叫ぶ。
タレの茶色に染まったご飯が、ラードにくるまれ、艶々と光り輝いている。
なんと美しいのだろう。
いざ食べん。
「うう」。言葉にならぬ、ため息を洩れた。
香り高いインディカ米とラードの甘い香りが溶け合う。
ラードの甘み、タレの複雑な甘辛さと香りが、渾然一体となって口の中に押し寄せる。
国産豚肩ロース脂身からとったラードは、健やかな豚だけが持つ上質さで、脂のコクだけを残して、何事もなかったように舌の上から消えていく。
それは固まった生クリームのようでもあり、淡雪のようでもあり、さらりと脂を感じさせない。
だがそこは脂である。
箸はすべり、唇はリップクリームを塗ったようにてかっている。
醤油、葱、椎茸、生姜などで作ったというタレも後押しし、後一杯、もう一杯と手が伸びる。
そしてさらにラードのせ、猛然と掻き込むのである。
舌を越え、官能を刺激するラードご飯が止まらない。
ああ、誰か止めてくれ。