喫茶店は、カレーを食べにいくところではない。
茶をのみ、喫煙して、のほほんと過ごすところである。
食べ物も、本でも読みながらつまむサンドウィッチがふさわしい。
ところがメニューにカレーが記されている店がある。
困ったことである。
のほほんと過ごそうとやってきたのに、そうはさせじとカレーが誘惑するのだ。
中には、「カレーでもメニューに加えておくか」という、”でも派喫茶店”もあるが、カレーの魅力に打たれて研究を重ね、自信のカレーを生み出した店もある。
僕はそんな店の志にどうしようもなく弱い。
とたんにのほほん気分は吹っ飛び、メラメラと燃えてしまうのである。
喫茶カレーとしてまず思い浮かぶのが「ルオー」である。
東大前の静かな喫茶店。
セイロン風と名づけられたカレーは、やや黄色がかったソースに、豚バラ肉の塊とジャガイモがゴロンと入った懐かしい風景。
一口目にカレー粉の香りがプンと鼻をつき、二口目にやさしい甘みが広がり、三口目にほのかな辛みがやってくる。
セイロン風というよりイギリス風カレーで、控えめなうまさがある。
昔風の渋い風格も漂い、喫茶ロックがそうであるように、ゆったりとしたテンポで生きようとす
る姿勢が、時代を超えて魅了する。
食事メニューがカレーだけという潔さもよし。
昭和27年より息づく、喫茶カレーの王道である。
喫茶カレーは、長い間こうしたイギリス風や和風が主流であったが、近年、インド料理店顔負けのカレーも登場してきた。
その先鋒が「カンパネラ」である。チキンと野菜があるが、僕のお気に入りは野菜。
サラサラとしたオレンジ色のソースを、よくよくご飯に混ぜて口に運ぶと、クミンやコリアンダーの香りが鼻に抜けていく。
実に香りが豊か。味わいも塩が舌に当たらず、穏やかなうまみがある。
人参、ジャガイモ、大根などの具とソースの相性もいい。作り手のやさしさが伝わってくるカレーだ。
昼は喫茶店、夜は居酒屋となるなかは、名前もカレーではなくカリー。
さらに本格的である。ムルギを食べようと口を開けると、複雑に入り組んだスパイス香が顔を包み、ここが喫茶店だということを忘れさせる。
そして大量の玉葱による自然な甘みと強烈な辛さに翻弄されながら食べ終えるのだ。豆の甘さがにじみ出たダルスープがおいしいので、追加注文し、カリーと混ぜ合わせて食べるのをおすすめする。
そして食後はコーヒー。香り高き液体が辛さに痛んだ舌をいたわり、カレーの満悦感だけを記憶に残す。これぞ喫茶カレーならではの楽しみなり。