唇に運び

食べ歩き ,

唇に運び、そうっと噛んだ。
肉汁がゆるりと流れ出て、その一滴の味わいも逃すものかと目を閉じると、僕らは森の中にいた。
ピレネー山脈の、静まり返った森の中へと運ばれていく。
スペイン国境付近の山村、アルデュート渓谷で生ハムやサラミを造る名人、ピエール・ オテイザ氏が獲った森バトだという。
汚れていない野生の味が、舌を叩きつける。
清濁を飲み込んだ自然の清さが、脳幹を揺さぶる。
鉄分の味わいに様々な香りが入り混じって、生命が持つ多様な複雑を説いてくる。
内臓で作ったというスフォルマートを肉につけて食べれば、森バトの血がどくどくと流れ込んで、鼻息が荒くなり、体が上気していく。
命をいただく、感謝と怖れを込めながら。


恵比寿「ペレグリーノ」にて。