金沢最後の夜は、腰を落ち着けて、とっぷりと酒を飲みたい。そう思い、「口福よこ山」に出かけることにした。
基本はおまかせだが、開店して15年、金沢と京都で修業された横山さんの作る、豊富に揃えた巧みな料理から、自由に選ぶのもいい。ああ悩むなあ。
まず頼んだのが、「香箱蟹のホワイトソース」である。蟹は、白いソースにまみれながら湯気を立てて登場する。ただのホワイトソースではない。蟹のことを思いやってクリーミーさだけを出したソースだから強すぎず、身の繊細な甘みも内子のコクも外子の食感も生きている。
フーフーと息をかけながら、頬張れば、厳寒の海の豊穣が舌の上で破裂する。もう笑うしかない。顔をだらしなく崩しながら、酒を飲むしかない。
ブリステーキは勇壮な味である。甘辛いソースが、ブリのたくましさをまろやかに受け止める。血合いの鉄分に煽られ、脂が乗った腹身が溶けて、酒を飲めえと叫ぶ。
ここで酒を手取川から常きげんに変えて、最後はすっぽん鍋にしてみた。金沢では珍しい。
「金沢の人は、フグもすっぽんも食べないのです。だからこそ面白いと思い、お出ししています」と、横山さんが人懐こそうな顔で笑われた。
昆布とすっぽんだけという出汁は、旨味が澄んでいる。深々とした滋味がありながら、どこも引っかかりがなく、さらりと舌の上を流れていく。
「はあ」。
何度も充足のため息をつく。そしてこの出汁を生かして作られた雑炊も丸い。米の甘みと溶け合った、丸い旨味が体の細胞の隅々まで行きわたっていく。
まさしく口福を得た夜だった。酔いも心地よい。今夜はいい夢だな。