目の前に鯛のお造りがある。
皮を引いた後がほんのりと銀色がかっているのは、冬の脂が乗った鯛の特徴だという。
恥じらいで頬を染めたような皮下の赤と、白い肉体の対比が美しく、添えられた人参と大根が、その福福しさを盛り立てる。
部位は、最もおいしい腹身である。
片身のへぎ造にできる部位を、繊維に沿って薄く切っていく。
立板に並べられた後、皿に盛られ、運ばれた。
一枚取って、醤油にちょんとつける。
普通はそこで、つつうと脂が流れて醤油に入り混じるが、その気配が一切ない。
鯛自体が締まっているのと、包丁の切れ味なのだろう。
鯛は、切られたことを知らぬかのように、楚楚としている。
噛めば、一瞬歯を押しかえす。
少し力を入れて断ち切れば、ほの甘い香りが立ち込める。
茹でた海老のような香りがする。
そして甘みがゆっくりと顔を出す。
品のいい脂が滲み出す。
鯛はそのまま、甘やかな余韻を残したまま消えていく。
なんとしとやかで、美しい魚だろう。
もっちりとした身を噛みしだきながら、涙が出そうになった。
これも包丁で切りながらも、明石という恵まれた海で育まれた命を断ち切らぬ、技なのだろう。
割烹いう名の芸術なのだろう。