生まれて初めてこの牛をいただいた。
焼く前の肉のロースは痩せていて、おそらくこれでは精肉店が商売にならないだろうと思われる肉だった。
香りを嗅ぐ。
草の青々しさが鼻腔をくすぐり、シェーブルに似た熟成香が誘ってくる。
ジビーフのまっすぐな青々しさとは違う香りである。
名前をガンジー牛という。
新潟「UOZEN」の井上シェフが車5時間かけて南草津「サカエヤ」に運び、手当てしてくれと頼んだ肉だという。
手当する新保さんも扱うのは初めてながら、焼く奥野シェフも見ることさえ初めての肉である。
手当する方も、焼く方も相当神経を張り詰めただろう。
しかし焼きあがって運ばれた肉を見た瞬間、これは完璧だなと思った。
切られた肉の断面が盛り上がっている。
余分な水分だけは出し、中の肉汁が膨張し外に出たがっているが閉じ込められているという、ベストな焼き具合である。
食べた。噛んだ。
痩せているのに、肉自体に濃い、甘みに似たうま味があって、噛むごとに湧き出て、途絶えることがない。
その旨味に唸っていると、草の香りが口の中に広がって爽やかにする。
喉に落ちた後は、脂のくどさや肉汁の濃さは少なく、草の香りだけがたなびいている。
うま味の余韻が綺麗で、おそらくこいつはいくらでも食べ続けられる肉だろう。
ああ、また危険な牛に出会ってしまった。