出汁巻が湯気を立てて、誘いかける。
早く食べなきゃと思いつつも、しばらく眺めていたいほど愛おしい。
箸を入れんとすると、「いやん」と言って、ふるふる震えた。
舌の上では、ふんわり身を崩し、抱き合った出汁と玉子が、舌を包む。
その時ふと、京都の名旅館を思い出した。
敷かれた床に体を横たえる。
その瞬間敷き布団は、あってなきかのように受け止め、永遠に体が沈んでいった。
あたかも布団に意識があって、人間を、僕を、抱きしめているように。
そこには布団と僕の、意思の疎通があった。
同じ感覚を、このだし巻き玉子に感じたのである。
だし巻き玉子に目を細めながら、すぐさま炊きたてのご飯を食べる。
削りたてのおかかをかけたお新香を食べ、すかさずご飯を食べる。
味噌汁を飲んで、充足のひと息をつく。
だし巻き玉子をご飯に乗せて、ご飯を包むようにして食べてみる。
おかかをご飯にちょいと乗せて、かき込む。
幸せが満ち、心が整っていく。
これ以上なにを欲しいというのか。
「大阪の出汁巻は玉子の量以上出汁を入れます。そして玉子が固まる前に巻く。巻くとき、箸は添えるだけです」。
そう木綿さんは言われた。
年に二回、運のいい客だけが出会うというだし巻き玉子である。
大阪心斎橋「もめん」にて