先史以来の古い料理法

食べ歩き ,

「焼く」は、先史以来の古い料理法である。
誰にもできる。
しかし、「理想」と「意志」なき「焼き」は、意味をなさない。
牡蠣は、カリカリを越えた、焦げる寸前まで焼かれていた。
だがなぜか、中は、微かに温かく、生なのである。
歯を立てれば、カリリと音が立ち、焼けて生まれた複雑な香りが食欲を刺激する。
そこをぐっと噛みこむと、凝縮した牡蠣のエキスが、一気にあふれ出る。
牡蠣のフランを合わせれば、口の中で波しぶきがドドーンとたって、海の底へと引きずり込まれる。
牡蠣はもてる力を集結して、人間を圧倒する。
食べた瞬間、へなへなと力が抜け、笑うしかなかった。
牡蠣に塩をせず、適切な大きさのフライパンで、細心の注意を払いながら、心を込めて焼く。
2人前なら、2つのフライパンが必要で、4人前なら4つのフライパンと二人の料理人が必要となる。
だから3人前以上は作れず、出来れば2人前も作りたくないという。
焼き上がった牡蠣をレモンなどかけて水っぽくしたくないため、酸味の強いヴィネグレットで和えた赤キャベツを添える。
「ラブランシュ」田代和久シェフが渾身の精を傾けた、冬の傑作である。