今月の次郎。

食べ歩き ,

今月の次郎。
ベストはなにかと聞かれると、ううむと悩む。
それほど抜きん出たものが多かった。
一つは赤身で、中骨に近い部位である。
握りを一口で入れ、ゆっくり噛む。
最初は歯を使うが、次に舌と上顎で押しつぶすようにしてみる。
これは二郎さんに教わった食べ方である。
するとどうだろう。
赤身から爽やかな香りが漂って、鼻に抜けていく。
赤身はどこまでもしなやかで、酢飯と軽やかに舞う。
続いて握られた中とろも、いけない。
いつもよりさらに脂の品がいい。
筋肉と脂が合一した危うさがある。
舌にしなだれながら、甘い香りをふくらませて、消えていく。
これは食べ物ではない。
もはや夢である。
続いてのコハダも、いけません。
身厚できっちりと〆られたコハダは、微塵の臭みもない。
旨味をゆるりと出しながら、コハダの酸味と酢飯の酸味が出会い、「クッ」と喉が鳴る。
喉が、歓喜に震えている。
そう。この瞬間こそが、江戸前寿司の醍醐味ではないか。
さらにもう一つあげるとするならば、カツオだろう。
食べようと口を開けた瞬間に、藁で炙った香りが口に広がる。
その香りに目を細めながら、握りを食べる。
するとカツオの肉体は、なんともキメが細かく、溶けるように儚く消えようとする。
この藁火の荒々しさと、身の繊細さの対照がいい。
命には、たくましさと脆弱さがあって、その両端に機能があり、魅力があることを教えてくれる。
また、いつも素晴らしいアジが、ことさらすごかった。
旨味と脂の香りを開かせながら、酢飯と同化するように消えていく。
肌触りと食感に陶然となる、うま味のムースである。
鉄火巻き、中とろの手巻き、穴子、シマアジ、ヒラメなどの素晴らしさは、また後日。