本日のメニューは、トマトソースのパスタに、小松菜の炒め物、骨付きチキンのソテー。いやはやフルコースである。
「基本的に献立はね、家族の食べたい物を作るの。特に娘の食べたい物が多いかな。料理でご機嫌とりをするわけ」
お年頃の娘さんが2人いるマッキーさん。どこの父親も気苦労が絶えないってわけね。
しかし、これだけの品数を作るとなると段取りも重要。
「まずは野菜の炒め物。肉は焼くのに時間が掛かるから、その間につけ合わせの下拵えをして、最後にパスタをさっと茹でる。なるべく仕上がりの時間を合わせたいよね。さて、まずは──」
取り出したのが買ってきた白ワインの瓶。ん、いきなり調味料でも作るのかしらん? と思いきや、その辺にあったコップにドボドボと注いでまずは一杯……って飲むんかい!
「飲みながらじゃないと出来ないですねえ(笑)」
立派なキッチンドランカー……いや“あぶさん”ばりの職人風情とでも言っておこうか。
今春退職した会社の送別会で貰ったというエプロン(ドラマ「家政婦のミタ」のミタさんが着用していたのと同じらしい。会社のお仲間からの寄せ書きがびっしり)に腕を通し、「おっしゃ!」とまず取り掛かったのが小松菜に付け合わせるタレ作り。豆板醤と豆鼓(ルビ:トウチー)の2大中華発酵調味料をごま油でじっくり炒め煮する。
プ~ンと漂ういい香り。匙ですくってちょいと味見。
「うん、旨い!」
そして白ワインをぐびり。マッキーさん、料理に使う分も残しておいて下さいね……。
コンロがふさがっている間に鶏肉の下拵え。キッチンペーパーでしっかり水気を切り、冷蔵庫で寝かせておく。
「肉は買ってきたらまずこれをやる。だいぶ仕上がりの味が変わりますよ」
タレが完成したら、洗った鍋で湯を沸かし、油を一たらし。予め水につけ、シャキっとさせておいた小松菜を、油の入った湯にさっと潜らせる。
「こうするとほどよく火が通るので、家庭用の火力の弱いコンロでもシャキッと炒め上がるんです。しかも油でコーティングされるから、炒めている途中で水分も出にくい。家庭でプロの味を再現する裏技です」
さすが、古今東西あらゆる名店の名料理を食べ歩き、名料理人のテクニックを取材してきたマッキーさん。その知識はまさに玄人はだしである。素人には難しい鶏モモ肉の火の入れ方しかり、ソースの作り方しかり……。ちなみにトマトソースは、マッキーさんが敬愛するイタリアンの巨匠、吉川敏明シェフの直伝だそう。
「ソースに塩はなるべく使いません。下手に入れると味が物足りなく感じて、どんどん使いたくなるから。パスタの茹で汁やバターの塩気で十分なんですよ」
こうした、ほんの少しの知恵と手間で料理はぐーんと旨くなる…ということを後の試食で実感。弘法筆を選ばず。家庭料理に食材や道具の良し悪しは関係ないのだ。
そんな裏技や知識も豊富なマッキーさん。しかし、さすがにすべてが完璧とは言えず、途中「大変、タイヘン!」を連発。たとえば付け合わせのトマトをオーブントースターで焼くのを忘れ、慌ててスイッチをひねるも、肝心のコンセントが抜けていたという見事な“大ボケ”も披露。しかし、主夫見習いとしてはかえって親しみを覚えた次第。何もかもが完璧なら、それは主夫じゃなく料理人だ。
「お金をとるわけじゃないんだからさ……。“良(ルビ:い)い加減”でいいんじゃない?」
毎日の料理とは違うちょっとしたひと工夫
都合3品、およそ一時間余りで完成! 合間に撮影や材料の計量なども行いながらだから、やっぱり手際も相当いい。盛り付けも鮮やか。お見事!
「出来たよ~」
奥様の喜代子さんを二階から呼び寄せる。結婚29年。文字通り苦楽を友にしてきたパートナーだ。新婚旅行で訪ねたパリでは、マッキーさんの余りの健啖家ぶりに「ついていけない!」と匙を投げたというが、主婦業に関してはプロである。伴侶の“主夫料理”をどう見る?
「やっぱり美味しいですね。食べ歩いている分、アイデアのバリエーションが豊富だから、“あれが食べたい”“これが食べたい”というとすぐ作ってくれる。主婦としては“ここまで凝らなくていいんじゃない”と思う時もたまにあるけど、外出して食べる手間とお金が省けるなら、まあいいかなと」
いざ試食。チキンに関しては、特にソースがお気に召した様子。「これはバルサミコ酢?」(奥様)
「そう、マヨネーズと混ぜたの。キノコと合わせると酸っぱさもちょうどいいでしょ」(マッキーさん)
トマトの付け合わせについても、「砂糖が隠し味なのね。これは思いつかないわあ」と絶賛。
小松菜の炒め物はシャキシャキッとして中華料理店の味わい。豆板醤ダレがピリリと利いて箸を進ませる。
本日のメインディッシュともいえるのがパスタ料理。というのも、パスタは牧元家の大、大定番メニュー。特にこのトマトソースは娘さん達の大好物だ。パスタの種類は、ソースと絡みやすいリングイネを使うのがマッキー流。
「美味しい! いろいろ作ってもらったけど、主人の味といったらパスタ料理ですね」(奥様)
「昔のほうが凝った料理作ってたんですよ私。すね肉のシチューやらコールドタン(編注・豚舌ハム)やら。コールドタンなんてちょっと食えば満足だから、けっきょく冷蔵庫の中で腐らせちゃったり。それに比べれば、今は有り物でちゃちゃっと作ったり、極めてシンプルですね」(マッキーさん)
「買物も上手になったわよね。昔は高級スーパーで無駄に上等な肉や野菜を買い込んだり、ほんのちょっとしか使わないスパイスをホールで買ったり……。今は食材を余らすこともほとんど無くなったものね」(奥様)
「そこは奥さんにしっかり教え込まれてますからねえ。ホントはエコバッグもちゃんと持参するはずだったんだけど、今日はうっかり忘れちゃって……」(マッキーさん)
「え、いまどきレジ袋は有料なのよ!」(奥様)
「いやあ、ゴメンゴメン」。……さしものマッキーさんも、家庭内料理に関しては奥様に頭が上がらない様子。いや、だがしかし、主夫はこれぐらい謙虚であるのが、家庭円満の秘訣なのかも……。
食材は1円でも安く買う。家計を考えてこそ「主夫」なり。
酒は調味料だけに使うにあらず。飲む分もちゃんと用意すべし。
さすが数多くの料理人の仕事を取材してきたマッキーさん。野菜の下処理の仕方や隠し味の使い方など、まさに“玄人はだし”だが、味見するたびに手を止めワインを一杯。「旨いからついつい進んじゃうんだよねえ」。調味料用の安ワインも、また格別なのだろう。いや、ただの飲兵衛?
伊・仏・中と、三国の味が集結!「売り物じゃないんだから見ためは適当!」と言いつつ、やっぱり盛り付けにはこだわる。ポイントは「色をたくさん使うこと」。確かにトマトソースの赤とバジルの緑、小松菜の緑と豆板醤の赤、チキンの付け合わせのトマトの赤とレモンの黄が絶妙だ。しかしこれ、主夫料理のレベル、超えてますって!
皮はパリッ、身はジューシー。今回のフレンチ風ソース以外にも、柚子胡椒とEXVオリーブ油をそれぞれ適量混ぜ合わせたソースを付けても美味しい
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(トマトCAP 34×3)
塩を控えめにすることで、トマトの酸味と甘さが引き立つ。生トマトのフレッシュ感も印象的だ。全体的にサッパリした味わいだが、バターでコクもしっかり。トマトの味を丸ごと楽しめる、純粋なトマトソースのパスタだ
(小松菜CAP 34×3)
鮮やかな緑色。油のツヤツヤとした光沢も食欲をそそる。食べればシャキッと驚きの歯ごたえ。そして小松菜特有のほどよい苦味と、甘みが口全体に広がる。家庭では意外と難しい野菜炒めも、炒める前の一手間でプロの味に!
どうよ、俺の手料理。惚れ直しちゃっても知らないぜぇ~!
出来上がった料理をずらり並べて得意げなマッキーさん。奥様は「まあ、以前よりは手際もよくなったわね。洗い物もちゃんとするようになったし」とチクリ。プロの主婦には叶いません!
懲りすぎはNG。シンプルイズベストと肝に銘じるべし。
「豆板醤のタレをトマトソースに少し混ぜると美味しいよ」「ホント、中華風のパスタに変身ね」──料理を通じて夫婦の会話が弾む。作るだけでなく、ともに食すことが肝心。もちろん、自慢のし過ぎはご法度ですが……