料理の「エレガント」とは。

食べ歩き ,

一口食べて、心が震えた。
どの料理にも、汚れなき美しさが宿っているのだが、ややもすると脆弱で、どこまでもはかない。
それは命の儚さであり、尊さなのだろうか。

数多くの料理人がこの料理に臨んだが、決して生むことのできなかった、繊細な命の萌芽の香りを漂わせる、赤ピーマンのムース。
目をつぶればそこは、青々と生い茂った青紫蘇の畑で、一陣の清らかな風が吹き抜け、体を浄化していく、青紫蘇のスープ。
オーブンに入れて仕上げるのではなく、ホタテのムースと穴子を湯せんにかけながら3時間半かけて仕上げていく、穴子のテリーヌ。
それは穴子の甘さを含みながら、固まる寸前の柔らかさでまとまり、舌の上に乗せた途端に溶けて、夢となる。

分厚いマナガツオが現れた。
そっと歯を入れると、滋味の湯気が立ち上がって、口を満たしていく。
魚のジュースも溢れるが、甘い空気が魚の中に宿っているように崩れ、うっとりと中空を見つめたまま動けなくなる。
焼き上がった時は、まだ生を残している。
しかし皿に乗せ、お客さんの前に運ばれ、ナイフを入れ、口に運んだ瞬間に頂点に達するように測った斉須シェフの想いが、心を震わせる。

そして黒いダイヤモンドである。
一頭で二つしか取れない牛尾の最も太い部分は、すべてのうまみを湛えながら、皿の上で鎮座する。
歯の間で甘く崩れるコラーゲンと、ふらりと鼻奥をくすぐる脂の香りが交差し、丸みを帯びた肉のたくましさが、舌を鼓舞する。
ああ。牛尾の甘美に体が弛緩する。心が空に浮かんでいく。

さらには、たわわに実ったイチジクの豊潤を優しく抱きすくめた、白ワイン煮。
ルバーブの甘酸っぱさから粗野を抜いて、穏やかな球体に昇華させたスフレ

料理の「エレガント」とは、命の儚さであり、尊さであることを知る。
「コートドール」にて。