街に闇が降りる頃、路地に一つ明かりが灯る

食べ歩き ,

街に闇が降りる頃、路地に一つ明かりが灯る。
まっすぐ太く、人々の心に優しく根を張っていきたい。
そんなご主人の願いなのだろうか。店は「だいこんや」という。

老主人が料理を作り、奥さんがサービスをする。
「炊き合わせ一つ」。奥さんが奥に声をかける。
「おいよ」。ご主人が答える。
「おいっ」。料理が出来上がると、ご主人が怒ったような声で伝える。
このペースで、四十年はやってきたのだろう。二人の間合いが心地よい・

僕は、「スズキの昆布じめ」と「白菜漬け」を頼んだ。
やがて二つの皿が運ばれ、客の方に傾いたカウンターに置かれた。
酒と客の愛着と年月が染み込んだカウンターに座ったスズキも白菜も、居心地が良さそうで、微笑んでいる。
しっかり昆布締めされたスズキを醤油に漬け、燗酒を飲む。
白菜漬けとはこうやって出すんだよ。という見本の白菜漬けを齧りながら、燗酒を飲む。
続いて頼んだ炊き合わせは、若竹とフキ、ウドと実えんどうだった。
外は寒いが、春はもう過ぎそこにいる。
これ以上でもこれ以下でもない味付けに仕立てられた炊き合わせは、春の到来を教えてくれる。
もう二十年来の付き合いとなるこの店が気に入った理由は、独自の野菜料理が多く、しかも一品一品料がしっかりとあることにある。

今夜も、「空芯菜となめこ、ミョウガ和え」というのを頼む。
徳利が二本空いた。もう一本やろうか。
「おかんをもう一つ。菊芋のぬか漬けとゲンゲの煮付けをください」。
「菊芋とゲンゲをひとおつ」。「おいよ」。
酸っぱく漬かった菊芋の、シャキシャキとした痛快な食感と、ぬるりと口腔内を舐め回すゲンゲの滑りの対照が面白く、徳利が瞬く間に空いた。

常連の独酌客が増え、主人は厨房から出てカウンターに座り、「ウーロン茶割りをいっぱいください」
と、丁寧語でおかみさんに注文した。
そろそろ潮時だなと、お勘定をお願いすると、「いっぱい食べていただいてありがとうございます」と、おかみさんが笑う。

ビール大瓶一本と燗酒を3本飲み、4800円だった。
「コスパがどうのう」と書いている人たちには、この店の価値はわかるまい。
いや永遠にわかってほしくない。
酔っ払った僕は、そんな意地悪な考えを浮かばせながら、店を後にした。