渋谷「幸要軒」 閉店

ロースカツサンド千三十円

食べ歩き ,

粋な風情が漂うかつての花街には、芸者衆や、舌の肥えた旦那衆を楽しませる、うまい洋食屋が数多くあった。
「幸要軒」も、そんな風情の残り香を感じさせる店だ。
円山、花街、母の街も、今ではすっかりラブホテル街になってしまったが、その中にあって、のれんに凛々しく「西洋料理」と染め抜いた幸要軒には、町の新しい洋食屋にはない風格がある。
そしてこの店の人気の品がカツサンドである。。

このカツサンドは、店内で食べる客より、持ち帰りや近くの料亭などへの仕出しが多いそうだが、わたし自身も初めて出会ったのは、円山町にあるすし屋だった。
隣の客がすし屋のご主人に、
「帰りにカツサンドね」と頼めば、 「へい、わかりやした」。と、威勢のいい返事をする。

聞けば、近所の洋食屋から取り寄せて、皆おみやげにするという。
こうして長年親しまれてきたカツサンドだが、もちろん店内で、出来たてをいただくこともできる。

品書きに載るのは、ロース(千三十円)とヒレ(千百円)の二種類。

おすすめはロースで、四枚の薄切りパンを使って、ソースをたっぷりとかけた百五十グラムほどの揚げたてのカツと、極細切のキャベツをそれぞれ挟む。

はちきれんばかりに膨れたサンドウィッチを、そっと手でつかみ、一気にかぶりつくと、柔らかいパンとともに肉は何の抵抗もなく、すっと噛み切れる。
わたしはいつも「ソース少なめ」と頼み、柔らかい肉のうまみと、カリッとした衣、シャキシャキしたキャベツ、しなやかなパンの感触を楽しむ。

さて、このカツサンドには、お持ち帰りにして、翌朝食べる楽しみもある。
カツサンドには、トーストスタイルと生パンスタイルの二派があって、どちらの魅力も捨てがたいが、生パン派は、冷えてもうまいところに利点がある。
翌朝に包みを開けてみると、パン、カツ、キャベツ、ソースが一体化し、少々乱暴につかんでも崩れることなどない。

食べるとパンに染み込み込んだソースが、出来たてのときより辛く感じずに、まろやかで程よくなっている。
しんなりとなった衣やキャベツが、パンと馴染み、肉のうまみも、しっかり閉じ込められたままだ。
翌朝食べるなら、脂身がなくて柔らかいヒレがいいが、固まって冷たくなったロースの脂身がソースにからまった、ちょっと不健康な味も捨てがたい。

閉店

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