水天宮「日本橋牡蠣殻町 すぎた」

モラトリアム。

食べ歩き ,

大人のようにみっちりと脂を身につけているわけではない。
しかし肉体は、成人にむけて凛々しく、陰に淡い脂があって、舌に溶けていく。
その若い、じれったさが、どうにも色っぽい。
モラトリアムの味と言おうか。
大人と子供の間で、揺れ動く、希少な瞬きである。
口に入ると、その身をぶるっと震わせ、歯を抱きしめていく。
崩れ、ほのかな甘い香りが開き始め、微かな脂がゆっくり流れていく。
酢飯と出会ったことを、嬉しそうにしながら、味わいを膨らます。
それは今にも消え入りそうな味でありながら、命の猛々しさもあって、やるせなくなる。
「滅多に入らないのですが、今日は珍しくいいワラサでした」。
そう杉田さんが言われた。
ブリとなって、秋の豊穣に満ちた餌をたべ、冬の海を謳歌する前の魚である。
関東ではワラサ、関西ではハマチと呼ばれる、ブリの幼魚である。
命を育んで子孫を残さんとする手前にある、一瞬の輝きは、たまらなくエレガントである。
その優美は、余韻となってしばし口にとどまるが、やがて甘美な記憶だけを残して、跡形もなく別れを告げる。
「日本橋牡蠣殻町 すぎた」に