ホットドックは、苦労人である。
共にアメリカの国民食をけん引してきたハンバーガーが、日本に定住し、百円から五千円と、幅広く、華やかに暮らしているというのに、いまだ住所不安定の感がまぬがれない。
例えば2003年、意気揚々と原宿に上陸した、アメリカの誇り「Nathan‘s」は、どうだったのだろう。
百年の歴史を誇る「Nathan‘s」は、過去、アル・カポネやジミー・デュランテ、ケーリー・グラントやジャクリーン・ケネディ、バーブラ・ストライサンドやウォルター・マシューズといった、セレブの常連客を持ち、当時のネルソン・ロックフェラー・ニューヨーク知事をして、「どんな男性も、ネイザンズフェイマスのホットドッグを食べている写真を撮られずに、知事に選出されることはできない」と、いわしめた店である。
それが、5年で撤退した。
おいしかったなあ。
レッドオニオンやザワークラウト、チリやサルサソースが、丸々太ったソーセージにかかり、それにかぶりつく幸せは、もうない。
司馬遼太郎は、「普遍性(仮に文明)というものは一つに便利という要素があり、一つにはイカさなければならない」とし、その代表がジーパンであるという。
さらに、「普遍性があってイカすものを生み出すものが文明だとすれば、いまの地球上にはアメリカ以外にそういうモノやコト、もしくは思想を生み出す地域はなさそうである」とも述べている。
この論によれば、コークやハンバーガーがそうであり、本来イカしていなかったのに変革した、ドーナッツや回転ずしがそうである。
しかし、ホットドックは違った。
司馬説に準ずれば、便利ではあるが、イカしていなかったのだろうか。
ダックスフンドに似ていることから名づけられたという、ずんぐりむっくりとした肢体。たしかにイカしてはいないが、愛らしいではないか。
ソーセージとパン、マスタードだけの味わい。
イカしてはいないが、シンプルで潔い。甘えがない。
ハンバーガーのような、レタスやトマト、チーズやベーコン、アボガドやフォアグラといった展開性も、レリッシュ、ザワークラウト、チリビーンズ、キャベツ、レタス、玉ねぎ、アボガド、ベーコン等々、豊富である。
ふわりとしたパンに歯をめり込ませると、たちまちソーセージに触れて、パリンッと弾ける。その対比的な食感は、ハンバーガーにはない食感であり、存在感あるソーセージとの象徴的な出会いに、ドラマがある。
最初の一齧りで、うまさが脳天に抜け、幸せだなあと思わせる力がある。
それなのになぜ、不遇の時代を生きているのか?
思うに、ホットドック界のマックがなかったからではなかろうか。
ハンバーガーは、衝撃的なマックの上陸があり、各チェーン店の競争があり、ハンバーガー自体より、店名で語られることの多い食べ物となった。
しかしホットドックの場合、ホットドックといえばここと、言える店がない。
「Nathan‘s」の上陸は遅すぎた。
また、ハンバーガーパテの調合と調味への工夫と違い、ソーセージをパンに挟んだだけでしょ。という軽視感覚も否めない
だがホットドックには罪はない。
ハンバーガーに対して、卑屈になることもない。
その証左に、根強いファンもいて、各ファーストフード店でも、メイン商品の日陰で、ひっそりと生きているのだ。
ドトール、マクドナルド、ベローチェ、珈琲館、エクセルシオール、ファーストキッチン、モスバーガー、フレッシュネスバーガー、タリーズ。
どうです。あなどれないじゃないですか。
中でも、ホットドックファンに一石を投じたのが、ドトールである。
ホットドックのパンは柔らかく、固いパンは合いません。という常識を覆した。
登場は、1980年。
創業者鳥羽博道氏が、欧州への視察時にハンブルクの街角で感動を得た味が、原点になっているという。
なによりソーセージがおいしい。
だからいつもレタスやレッドスパイシーより、シンプルなジャーマンドックを、「ジャーマン一つ。マスタード多目で」と頼む。
かぶりつく。うまい。
ソーセージとパンのバランスが素晴らしい。
粒マスタードの酸味がいい。
似ているのが珈琲館で、ドトールのソフト版といったところか。
フレッシュネスバーガーは、粗挽き風ソーセージを、内側に焦げ目をつけたパンで挟み、玉ねぎとピクルスの微塵切りを、たっぷりとのせる。
ソーセージの濃い味と、焦げたパンの香ばしさが合う。
調味料はお好みで。
僕は、袋入りハインツではない、チューブに入ったマスタードをかけ、途中からCHOULAというチリソースをかける。
タリーズもいい。
なにしろパンがうまい。
香ばしく、噛み応えがある。
太めのソーセージには、スィートレリッシュがたっぷり。
三百十円とやや高いが、満足度は十分である。
チェーン店三傑は、タリーズ、ドトール、フレッシュネスで決まりだ。
ちなみに番外で、百円と安いイケア。
ピクルスと玉ねぎ盛り放題(昔後楽園がそうだったなあ)で飲み物が付き、二百五十円と嬉しい、コストコも、忘れてはいけない。
一方、うーん、今一つ。というチェーンもある。
パンにコシがないのである。
ふわふわなのである。
これではソーセージとは、合わない。
ソーセージに無礼である。
個人の店は個性に富んでいる。
中でも際立っていたのは、惜しくも閉店した、浅草の「ジロー」である。
ジローのパンは、細長ではなく、ハンバーガーのような真ん丸となっている。
カリッと焼き上げたバンズに、ソーセージとキャベツ、マカロニと玉ねぎの炒めたものが、詰まっていた。
バンズ、ソーセージ、キャベツ、マカロニ、それぞれの食感が、食べる毎に現れ、夢中となった。丸いので、こぼさず食べるのが大変だったけどね。
現在のお気に入りは三軒ある。
一軒は、青山「ドギーズダイナー」で、バケットのようなハード系バンズに、グリルした粗挽き風ソーセージが挟みこまれる。
上にはピクルスと玉葱の刻んだものがどっさりとかけられる。
ハーブのアクセントが利いた、肉の手応えを感じるソーセージと、噛み応えのあるバンストの組み合わせがいい。
これで、二百九十円という価格や、チャイニーズ、ハワイアン、メキシカンなど数種に及ぶメニューは、店主がおいしいホットドックを根付かせたいと願うあらわしだろう。
二軒目は、新宿駅地下にある「ベルグ」をあげたい。
半分が立ち飲みの店である。
ソーセージとバンズのみという、潔い「ベルグドック」は、二百九十円。
パンもソーセージも、専門の職人によって作られたもので、簡素な中にも、互いが高めあう気高さがある。
また、四種のチーズを使ったクアトロチーズドック、焼きソーセージドックなど、メニューの豊富さがうれしい。
変わったところでは、ブルーチーズをとろうりとかけたドックがあって、中々これがいける。
三軒目が、人形町の人気ハンバーガーショップ「ブラザーズ」。
日本最強と呼びたくなる、雄大なお姿で登場する。
バンズも太い。
ソーセージも太い。
上にはスィートレリッシュが、こぼれんばかりに盛られている。
口をあんぐりと開け、バンズ表面に歯が当てると、カリリと音が響き、バンズにめり込んでいく。
その瞬間ソーセージが弾け、中のジュースがこぼれだす。
マスタードの刺激、スイートレリッシュの甘酸味、ソーセージのうまみ。直球の中にある、渾然。
生誕したNY同様、るつぼとしての複雑とストレートな物言いが混在して、魅了する。
これって、十分イカしてるんじゃないかなあ。