色気がにじむ料理

食べ歩き ,

フランス料理は、色気がにじむ料理である。
食材を一回バラしてから、再び結合させる時も、味わいの多層構造を目指す時も、食べて艶を感じたい。
一口食べて、どうしようもなくワインが飲みたくなりたい。
フランス料理における魚料理も、それに端を発していて、仕方なく金曜日に魚料理を食べていた時代から、油脂や酒を使って色気を注入してきたのではないだろうか?
代官山の「サンプリシテ」で次々と出される魚料理を食べながら、そう思った。

日本の魚はキレイである。フランスの魚に比べると水のような澄んだ味わいがある。
しかし熟成させると、たちまち内に眠っていた凛々しさが、顔を出す。
濃密に味が膨らんだ魚は、油脂ともなじみ、またさらりと軽い野菜のソースをかけても、色気がにじみ出る。

「サンプリシテ」の相原シェフの料理を食べて思うのは、どの皿も堂々たるフランス料理の風格があることである。
都内のレストランの中でも、極めて質の高い魚を仕入れ、それらを熟成させて、力強い野菜と合わせる。
魚と野菜のたくましいミネラルが結合して、色気を醸し出す。
2週間寝かせたサワラの熟れた色気と、焼きなすの香りとの出会い。
真空氷漬けにしたボタンエビの詰まった甘みが、ダークチェリーの甘酸味や華やかなバラの方向と出会う瞬間。
生き生きとしたゴマ鯖の肉が生み出す豊潤と、トマト水やオリーブとの出会い。

5日間寝かせたスジアラの雄大な滋味と小松菜の青々しい香りとの出会い。
そこにはすべて、心を誘惑し、肉体を弛緩させ、精神を溶かすエロスがある。
それはおそらくブルターニュで長く修行して魚に触れ、ニームでも学んだ相原シェフの根っこにある、ある種のしたたかさではないだろうか。
これらを単に、“熟成魚を使ったフランス料理”と捉えてはいけない。
密かにデカダンスが生んだフランス料理の哲学が潜んでいて、我々を魅了するのだ。
代官山「サンプリシテ」の色気に富む全料理も見てね