バンッ。
女将さんは冷蔵庫を、必ず勢いよく叩いてから開ける。
何をしているんだろうと思っていたら、
「この冷蔵庫は、もう40年も使ってるからな、褒めたらあかん」。
ここは丹波篠山の焼肉屋、「福ちゃん」である。
篠山に住んどる人の中でも、あまり知っとる人は少ないというディープな店らしい。
カウンター7席のみの店を、御年推定70数歳のおかみさんが一人で切り盛りしている。
普段は仏頂面だが、時折冗談を言ってニコッとする笑顔が可愛い。
「タン」より安い「タン横」は何かと聞けば。
「みんなタンは輪切りのように切るやろ。これはタンの下の部分を横から切ったとこのやつや」。
よくわからないが、食べてみると、タン特有の脂は少なく、手強い筋がある。つまりタンの根元か。
それならばよくよく焼き込んだほうがいい。
タレがいい。特製のタレがいい。
タレ焼きもそうでないのも、タレにつけた途端、「ご飯ご飯」と、白いご飯が猛烈に欲しくなる味である。
翌日に人と会ったら「昨日焼肉食べたでしょ」。と言われるくらい、にんにくが効いている。
あとは味噌に醤油、砂糖に酒、生姜に護摩、一味に蜂蜜だろうか。
「45年前に店始めた時、ここのタレまずいねと言われたんよ。そこであちこち食べに行って、研究した。このタレは11種類入っとる。あとは秘密。息子にも教えん。私が死んだらおしまいじゃ。ハハハ」。
そこ笑うとこやないで。
タン横に焼キモ、ホルモンにバラと頼んでは、白ご飯に乗せて掻き込んだ。
壁には悠次郎の写真を見つけて「好きなんか?」と聞けば「好きやない。わたしらの時代は悠次郎と小林旭しかおらんで」。
巨人軍のポスターを見つけて、「ファンなんか?」と聞けば、口に人差し指立てて、「シー」。
そりゃここは関西や。
「おかみさんは福ちゃんていう名前ですか?」と最後に聞けば
「わたしは、松本カネオて男みたいな名前や。店名つける時悩んで、飼っていたインコの名前つけたんや」。