人形町 キラクの秋

キラクんぼ不易

初めて食べた時、一口で、一口で顔が崩れ落ちた。 
うまみの洪水が寄せて、 笑いが止まらない。
無我夢中でご飯を掻きこむ。 
萩昌弘の「味で勝負」を読んで駆けつけたのが、30年前だった。 
ご主人はカウンターの手前で、黙々とビフカツやトンカツを揚げていた。 
注文が入ると、冷蔵庫を開け、肉を取り出し秤にかける。 
肉に塩をし、粉はたき、衣をつけると、静かに油に入れる。 
ここで一旦客に背を向けるが、背中越しにも、真摯な目つきで揚げ具合を図る、ご主人の緊張が伝わってくる。 
揚がると、少しだけ休ませ、切り分け皿に盛る。 
そうそう、揚がる寸前に、「とんかつ一つ」とか、「ビーフ一つ」と奥に声通し、 
ご飯の用意をさせていたっけ。 
ポークソテーは、娘さんの仕事。 
「ポークソテー下さい」と、頼むと、必ず 
「にんにく入れますか?」と、聞かれる。 
もちろん、にんにくを抜いたことはない。 
厚く切った豚肉を、フライパンでソテーし、裏返したら火を落としてふたをする。 
豚肉を取り出したら油捨て、酒を入れて、コゲをとる(デグラッセ!だ)。 
そこに、醤油とおろしにんにくを入れて一呼吸して火を止め、バターを入れて、余熱で溶かし(モンテ!だ)完成である。 
家で何度も真似したことか。 
このソースは危険で、ご飯を何杯もおかわりしてしまう。 
甘い豚肉の滋味と合わさると、 さらにたまらん、ああたまりません 
千切りキャベツや名物マカロニサラダにも、ソースが染みて、さあ大変。 
これ以上のご飯喚起力及び推進力を持つソースを、私は知らない。 
ゲッツの油で作ったマヨネーズによる、マカロニサラダはなめらかで、 
当然 
「サラダ大盛りでお願いします」。 
さあ、あとはわき目も振らずまっしぐら。 
人形町 キラクの秋