最老舗格「やす幸」は、1933年の創業。酒飲みだった初代は、いつまでも酒を飲み続けられる、あっさりとした味が好きで、昆布出汁に塩で調味した味を生み出した。
関東でも関西でもない、「やす幸」のおでんである。
一味入りコンニャク、玉葱入りの大串、がんもに豆腐、いずれも捨てがたいが、やはりここははんぺんだ。
口に運べば、歯が優しく包まれて、ふわりと、溶けるように崩れたはんぺんから、穏やかな甘みが滲み出る。なんとも優美なはんぺんである。
僕はまず大根といって、豆腐に移り、コンニャクを経由して、すじを噛みしめ、はんぺんに行く。
その後、柚子香るつみれを頼み、大串から、汁が染みたちくわぶに移行し、ほのかに甘いはも天に心くすぐられ、芋といく。
余裕があれば茶飯を頼み、おかわりをしたはんぺんをおかずに、おでんの夜の幕を閉じる。
酒は終始燗酒。錫のやかんで燗つけられた酒は、おでんのつゆと調和する温度が心憎い。
「おでん燗酒」と一つ言葉があるように、誠におでんと燗酒は相性がいいのだな。
こうしたおでんの幸せを心底享受したければ、まず、店の開けはなに行くのが肝心だ。
上席は鍋前。正面は常連に譲り、鍋前正面横に座る。斜めに見れば、赤銅鍋の中で、タネが身を寄せ合い、くつくつと煮えている。
数人で出かけるのも楽しいが、おでんは一人か二人が望ましい。タネを注文するペースを乱されたくないからである。
さあ注文だ。まず全体の構成を決める。淡い味から濃い味、小さいものから大きいタネ、柔らかいタネから歯応えのあるタネに進むのが王道だが、なあにそこは好みでいい。
ただ、一つか二つずつ頼むのがいい。一皿三品とも言うが、おでんの御馳走は熱さである。三品だと、どうしても一つが冷めてしまう。
二品ずつ頼む場合、味の相性もあるが、アート的な視点も大切だ。
こんにゃくの三角に大根の丸姿。焼豆腐の四角とさつま揚げの楕円、白と茶の色合い。
玉子の曲線とちくわの直線。はんぺんの純白に昆布巻きの黒。どうです、楽しくなってきませんか。
牧元流勝手お作法では、玉子は横半分に箸で切る。尖った方は汁を絡めて食べ、平たい方は黄身をはずし、白身に出来た穴に汁を入れ、辛子を落として一口。残った黄身はつゆに溶くようにして、汁ごと飲む。
こんにゃくは辛子が利くが、あえてたっぷりつけて、舌にカツを入れるという手法も捨てがたい。
ちくわは穴の空虚を眺めて、世の無常を感じ、大根やはんぺんは、ゆっくりと噛む。これにより、染み出る出汁と、タネ自体の滋味との抱擁を、存分に楽しむ。
最後は茶飯だ。茶飯に汁をかけてもいいが、ここはあえてあっさりと食べ、おでん汁の余韻を頭に残す。
さあ冬の風情を膨らましに、体と心を温めに出かけませんか。