それは、人間が触れてはいけない甘みだった。
どこまでも気高く、凛々しい甘みである。
凍土の下から掘り出された人参は、揚げる寸前に泥を拭い、洗われ、切られる。
軽いが強い衣がはじけると、濃い色合いの人参が顔を出す。
ほろり。
人参は湯気を上げて崩れ、口の中に横たわる。
ほわほわ。
キメの細かい繊維が解けるように崩れていく。
その瞬間、一気に甘みが膨らむ。
人間の手によって甘く改良された甘みではない。
他の生物には、決して気を許さない、不可侵の甘みである。
顔がくずれるというより、背を正す甘みである。
生命の滴が舌に鼻に喉に広がって、コウベを垂れる甘味なのである。
やがて大地と交流した証を残して、人参は消えていく。
この人参を、野菜を食べるためだけに通いたい。
静岡「成生」にて。