じゃがいも料理は僕の基本です。

食べ歩き ,

「コース外の皿になりますが、シェフが二日前から準備していました」。
そういって出されたのが「インサラータ・ルッサ」ロシア風ポテトサラダである。
眠っていた記憶が、突然叩き起こされた。
今から8年前、イタリアから戻ってきた堀江純一郎シェフは、西麻布で店を始める前、日本全国の食材巡りをしていた。
「面白いジャガイモと沢山出会えたので、料理を食べてもらいたい」。知人を通じて話があり、知人宅で、「ジャガイモづくし」のコースが催された。
その翌年彼は、西麻布「グラディスカ」を開き、09年、奈良の魅力に惹かれて店を閉め、東大寺を背にした場所に、「イ・ルンガ」を開いた。
毎年送られてくる案内の、「お待ちしております」を読みながら、歯がゆい思いで不義理をしていたのだが、ようやく出かけることが出来た.
「インサラータ・ルッサ」は、じゃがいもと人参等の野菜、ツナ、アンチョビを、マヨネーズ風ソースであえた、素朴な料理である。
リストランテでは出さない料理でもある.
しかし素朴ゆえに、料理人の心技が素直にでてしまう。
人参などと同寸に切られたジャガイモは、これ以上も以下でもない緻密に計算された大きさで、また同時に調味やツナやアンチョビの量も精妙に計られて、ジャガイモの甘みをそっと持ち上げる。
素朴ながら、うかつに通り過ぎることのできないおいしさに、しみじみとした幸せを感じる。
なによりも、堀江さんの誠実が、味に染みている。
そして5年ぶりの再会に、特別に作られたこのポテトサラダは、8年前に彼と出会い、初めて食べ、初めて彼と話し合った料理だった。
堀江さんはそれを覚えていて、作ってくれたのである。
食べながら8年の月日への思いが、つのった。
トスカーナでシェフをまかされるまで成長し、日本に戻り食材を探し、不安のまま店を開き、絶頂期に閉じて奈良に店を開く勇断をし、今がある.
初めての出会いを大切にします。初心を忘れません。今でもじゃがいも料理は僕の基本です。
彼からのメッセージを、一口ごとに噛み締めた。
「うまいなあ、うまいなあ」。
気がつくと、そう独り言をいいながら、笑っている自分がいた。