今から40年前、隠岐島で自ら潜ってとったサザエを民宿に持ち帰り、ぶつ切りにして醤油をぶっかけ食べたことがある。
さらにそいつをご飯にぶっかけて食べたのであった。
サザエは硬いし、味が薄く、ご飯のおかずにはならんと思っていたのだが、民宿の人に薦められるままに食べてみたら硬くなく、ご飯にすっとなじみ、醤油に引き立てられた甘みがご飯を恋しくさせるのだった。
以来、「さざえの刺身は、最良のご飯の友」といい続けて来たのだが、実はそれ以来、あんなサザエに出会ったことがない。
しかしここにいた。
鳥取の「なつ吉」である。
肝に潮江をちょいとつけて食べる。
プチっと皮が破れて。ふわりと肝が舌に広がっていく。
苦味はどこにもない。
もちろん微塵の臭みもない。
サザエの肝というのは、これほどまでに澄んだ味わいなのか。
次に「貝柱を食べてください」と言われ、写真向かって左の貝柱を、自家製ラー油醤油につけて食べる。
しこり。
貝柱を噛もうとすると、顎に力を入れることなく、歯が入っていく。
これもサザエ特有の磯香はなく、ただただ清らかで、ほのかに甘い。
そして身を、塩や醤油でたべてみる。
黒ずんだところはコリコリとするが、そうでない部分は柔らかくさっくりとした食感を伝えくる。
この柔らかいところに味がある。
貝特有のコハク酸が持つ、ミルキーな甘みがそっと滲み出て、舌を満たす。
そのためにはゆっくりと噛まなくてはいけない。
小さいので、10回ほど噛むと口からなくなっていこうとするが、その時に少し前歯の方に戻し、前歯で甘噛みしてやる。
ゆるゆると現れた穏やかな甘みに目を閉じ、酒を少しだけ流し込む。
ざぶん。
海の豊穣が波しぶきをあげる。