これが料理というものの凄みだろう。
「春の一時期だけ、この新じゃがの炒め物を作るのですけど、これを作っているシェフがかっこいいのです。だからその後ろ姿が見たくて、ついお客様にオススメしてしまいます」。
麻布十番「瓢香」の熊谷さんは、そう言って目を細めた。
「背中からオーラが出ているんですよ」。
青唐辛子と赤唐辛子、山椒と炒められた新ジャガイモは、若々しい香りに満ちていた。
これ以上でも以下でもない、針の穴のような一点を極めて火が入っている。
通常こうした料理は、山椒のしびれや塩気、唐辛子の辛味や油のコクがまさってしまうものだが、それが一切ない。
すべての要素が、幼いジャガイモの息吹を生かすことに向けられている。
食感もシャキッと歯を弾ませながら、しなやかさもある。
噛み込むと、ジャガイモのほのかに甘い香りが広がって、鼻に抜けていく。
春である。
目を凝らし、1秒1秒に全神経を集中しながら炒めあげた、井桁シェフの表現する、春である。
これが料理というものの凄みだろう
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