この店を抜きにして、「鶏鍋」は語れない。
明治41年創業より、年中しゃも鍋一筋。風情がこぼれるしもた屋風木造一軒家の、二階の入れ込み座敷か個室で食べる。
炭がつがれた銅製角火鉢に、鉄鍋のせて、丁寧にとられたスープを注ぎ、味醂をほんの少量入れたところに、鶏を入れて煮る。
特別飼育された生後4~45か月のメスしゃもの腿と胸のそぎ身、砂肝、心臓、レバー、葱、焼き豆腐を、煮る。
芯がレアの頃合いがよく、山椒をはらりとかけたおろし醤油にからめて口に運べば、心打たれる優しい滋味が広がっていく。
葱も、代々ネギだけを作り続けてきた農家より仕入れたもので、巻が固く、甘い。
この頃合いで階下から、トントンと鶏をたたくリズミカルな音が聞こえてくる。
やがて運ばれる叩き肉は、きめが細かく、ふわりと口中に旨味が広がる逸品だ。
最後に出されるご飯は、東京の料理屋でも随一といってよい質の高さ。
そのままでも、おろしを乗せ、スープをかけて掻き込んでもよし。肉をお代わりせず、このご飯の入る余地を残しておくこと。
サービスのタイミングも絶妙で、家族で営む店の方々の対応も、実に爽やかで、心温まる。
難は予約の取れぬこと。二か月前の一日から予約を受けるが、冬は一時間ほどで埋まってしまう。
それでもなお、古き良き東京の良心を、味わいに出かけたい。