このおっさんは

食べ歩き ,

このおっさんは、一人で不平不満を抱えて何やっているんだろう。
先日都内のミシュラン星つきの和食店に入った。
「淡路のアジと大洗のマコガレイでございます」と言って出された刺し身は、味がぼやけて精気がない。
目の前にいる板前は、人のよさそうな方で、熱意もほどほどで、妙な作意が無いのはわかるが、出されたものが値段相応ではないことを理解していないらしい。
「○○サラダ」とわざわざ店名を冠したサラダは、ベビーリーフ類とマイクロトマトのいたって普通のサラダで、なぜ店名をつけたのかが、わからない。
ポテトサラダに生ハムは添えなくていいから、その分値段を下げて欲しい。
冬瓜のおでん煮は、よく炊かれて味が染みていたけど、冬瓜の上に落とした溶き辛子はいるのかなあ。
すると隣に20代中盤のカップルが坐った。6800円のコースらしい。
鱧や、アジ、マコガレイが出される。
仲がいいが、いちゃつきもせず、絶えず笑顔の素敵なカップルである。
刺し身や料理を食べながら、ありがちな「おいしいっ」。「まじうまっ」などと大げさな言葉を発することなく、普通の会話しながら食べている。
「これおいしいね」と交わすこともないのだが、ちゃんと味わい、満足している様子がうかがえる。
すると男が、何枚もポストイットを挟んだミシュランを取り出した。
ああこうして、星のある店めぐりをしているんだね。
「これおいしいね」。お酒を飲んで、女の子が言う。
「うん。さっきのよりうまいみたい」。男の子が言う。
「なにそのコメント。コメントになってないよ」。女の子が笑う。
「う~ん。う~ん。やっぱりそれ以上言えないなあ」。男の子が笑う。
屈託のない食事がここにある。
目前の料理を素直に受け止め、人と楽しむ幸せな食事がある
隣りで一人不平不満をいだき、渋々飲んでいる自分が悲しくなった。
職業上、「識る悲しみ」に囚われているとはいえ、俺はいったい何をやっているんだろう?