うま味が美しい。

食べ歩き ,

うま味が美しい。
余分な邪念がなく、うますぎることも淡すぎることもなく、ここという一点で整えられたつゆは、ただ充足のため息だけを吐かせる。
そんなすまし汁に、焼きなすの香りが静かに流れる。
分厚いこちの身を崩せば、滋味がゆるりとつゆに溶けていく。
四谷「たまる」の「焼きこち椀」である。
関西の割烹に席巻されてしまった東京の割烹から無くなった、「江戸の味」である。
ナスは炭火の中に突っ込んでいじめてやってこそ、甘みが出、ムースのような食感が生まれる。
最上質なこちは、炭火で焼いて甘みを引き出す。
それらをつゆと合わせて、椀に仕立てる。
弾けるようなこちの身から、猛々しいうま味が滲み、それをナスの優しさがいなす。
先代が考えた絶妙な出会いものは、老年に差し掛かった2代目に受け継がれ、荒木町の路地裏で、ひっそりと息づいている。
だがこの無限の美は、もう受け継がれることはない。
そう思うと、このひと時が、このひと滴が、この平和なたまゆらが、切ない。