なんたって油がいいからネ

食べ歩き ,

「あの店はいい。なんたって油がいいからネ」。一昔前の人たちは、洋食屋やとんかつ屋を薦めるのに、こんな言葉を交わしていた。
「油は店の味だと思います」。四代目主人の島田良彦さんは、そう静かに語られた。
「ぽん多本家」では、毎日、少量ヘットを混ぜたラードを1時間弱かけて炊く。
混ぜながら炊いて炊いて濾し、濾し残った脂をマッシャーでつぶして、最後の一滴まで絞り出す。
「こうしてやると、脂も往生します」。
できた油は琥珀色で、甘く丸い、優しい香りがした。
脂カスをつまんでみると、健やかな甘さが広がる。
健康に育った豚のラードは、体にいい。
恐らく日本の洋食屋やとんかつ屋で、自らラードを作っているのは、この店だけではないだろうか。
炊きが甘いとトンカツを入れた時に泡が出すぎて溢れそうになり、炊きすぎると焦げそうになる。
最良の一点を見極めて、炊いていく。これもまた、初代から続く職人仕事なのである。
この国のある甘い油をまとった衣が、豚肉を、穴子を、キスを、エビを、牡蠣を、小柱を包むのだから、こりゃあたまったもんじゃありませんぜ旦那。

「料理王国」「隠れたファインプレー」。