牛タン焼き定食で有名な

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牛タン焼き定食で有名な「太助」という店は多くあるが、創業者の血を引くのは「味 太助」だけである。

「俺も、父も、おじいちゃんも、店を広げることには興味がなくて」という、三代目当主の仕込みを見せてもらった。
テールの脂と筋を切り、関節ごとにぶつ切りにする。
切ったタンを皿に重ね、塩コショウをし、重ね重ねていく。
26頭分を一つの皿に重ねていくと、30センチの高さになった。
おじいちゃんの時から全くやり方を変えていないという仕込みは、延々と続く単純作業である。
「特別なことは何もしていません。真似しようと思えばだれでもできてしまうことなんです」と、彼はいともなげに言う。
「でも」と、彼はつづけた。
「だからこそ、毎日やっていても飽きることがないんです」。
タンもテールも、個体差がある。季節によっても違う。
それを一瞬にして、目と手先で気づき、50数年変わらぬ味に仕上げる。
毎日同じ仕事を繰り返すからこそ、上達がある。仕事の深さがわかる。
「父の仕事は、僕とは比べ物にならないほど、恐ろしく早かったです」という彼に
「何年目から、仕込みがうまくできるようになりましたか?」と聞くと、
「2年目にものすごく忙しくて大量に仕込まなくてはならない時期があって、その時を超えてから少しずつ。いやまだ自信があるなんて言えないです。親父からは、塩を振るときに感情を入れてはいけないと、ただそれだけを言われました。無心でやれということなんですね。この仕事は単純だけど、終わりはありません」。
ひたすら、ただひたすらタンを重ね、塩を振りながら話す彼の眼には、努力の人であった父を超えようとする炎が、静かに燃えていた。