美味しいものを食べていくと、「知る悲しみ」が生まれる。
様々な美味しいものを食べ重ねていくうちに、今までおいしいと信じていたものが、そうでもなくなってしまう悲劇である。
浜作の「鱧のお椀」がそうだった。
最近は大きい鱧を使う店が増えたが、ここは480gほどの鱧を選ぶ。
骨切りは、骨を切るだけでなく皮の2/1まで包丁を入れる。
葛をつけ、鱧を縦ではなく横に折って、垂直に熱湯に落とす。
葛をまず固めて、弱火に落とし、脂を出す。
たっぷりの尾札部の昆布でひいた出汁に、ごくわずかな塩をいれて仕立てたつゆにおとす。
口に運べば、鱧にふうわりと歯が包まれて、滋味がゆっくりと流れ出る。
脂が出すぎず、鱧自体の生命力に満ちた味の濃さが、舌を包む。
強靭さと繊細さが、胸に迫る。
そこには、他にはない仕事と、大きな、脂がのった鱧では出せない、品格がある。
「ふうっ」。
堂々たる味わいを咀嚼して、一息つく。
このお椀を知ってしまってから、他のお椀が霞んでしまう自分の、嬉しい不幸に、ひとりため息をつき、いつまでも宿る味の余韻を噛み締めた。