「江戸一」の常連になろうと思ったことがある。

「江戸一」の常連になろうと思ったことがある。
思い立った初日から二日連続で行き、三週連続で行ったところで、挫折した。
一向に常連になれるかけらさえ見いだせなかったからだ。
そう、元々の考えが甘かったのである。
「江戸一」はそんなことじゃあ、馴染みにはなれない。
昨夜は遅く、9時ごろに入ったため、20席中17席が埋まっていた。
3人組が1組、二人連れが3組、独酌客が11人。
12人目となって、そっと座った。
かつて荻昌弘が、「神業」と絶賛した燗付名人の女将さんは健在。
今夜も、きりっと燗をつけた白鷹の樽酒で、背筋が伸びる。
お客さんの、平均年齢50数歳。
最初に来たときは30代中盤だったが、浮いていたなあなんてことを思い出す。
常連らしき60歳くらいの角刈りの男性が入ってきて、座ると、向かいの席に座っていた男性客に会釈をした。
相手も黙って会釈する。
静かだ。いや皆喋っているのだが、わきまえを心得ていて、酔っているのに、声が大きくない。
静々とはしゃいでいる。
これもまた荻昌弘が「大人の保育園」と評した、この店ならではの風情だ。
田村隆一や高橋義孝が、悠然と飲んでいたころの光景を思い浮かべ、赤ナマコと冷奴で、燗酒を一本開けた。
「どうもありがとうございました」という女将の声に送られて、振り返り会釈すると、
「はい」。
よく通る声で返された。