「松庵」

食べ歩き ,

夏にそばにとって不利な時期である。秋から冬に収穫されたそばは、夏にまで保管されると、命である香りが薄まり、つなぎも弱くなってしまう。厳選したそばの産地と厳重に保管されたそばの実を選ばないと、頼りないそばしか打てなくなってしまうからだ。しかし一方で皮肉なことに、熱い日々が続くと、そばの清涼なるのど越しが恋しくなってくる。ゆえにそば好きは、夏になると葛藤の日々をすごすことになるのだ。

そんな葛藤の日々を開放してくれるそばに出会った。場所は早稲田。割烹松下が営むそば屋「松庵」である。昼の御膳と題されたある日の昼定食は、まず和風のシメジのソースがかけられた香ばしいメカジキのフライと、芽カブの和え物、お新香、じゃことシソの和えご飯が出される。少量ずつ出される皿は、いずれも松下譲りの誠実な味わいで、穏やかな気分を運んでくれる。食べ終えておなかが温まったところで出されるのが、小ぶりの丼に入れられたそばだ。冷たいつゆをはり、大根おろしをのせた、冷製かけそばともいえる一品で、なんとも涼しげな光景である。細打ちのそばをつるると手繰れば、草のようなそばの香りが鼻に抜けていく。歯を押し返すような、もっちりとした本来のそばのコシも充分。そんなそばを、淡く味付けをした、気品あるダシ汁が盛り立てる。デザートの青梅のシャーベットも上等。そばに盛夏の季節感を盛り込んだ、お値打ちの定食である。

 

昼の御膳 \1050

松庵 新宿区早稲田鶴巻町556 3202-4007 11:30~13:30 17:30~20:30 水曜3木曜

閉店