「寿司政」

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九段下の「寿司政」といえば、池波正太郎氏が愛した店としても有名なすし屋である。池波正太郎氏をはじめとして多くの文化人に愛されてきたこの文久元年創業の老舗には、しっとりとした風情と色気が流れていて、江戸前のすしを楽しむ時間をいっそう華やかにさせてくれる。そんな「寿司政」には昼だけのお値打ちがある。千八百円のちらしずしだ。目前に運ばれ、まず心を奪われるのはそのあでやかな姿だ。細く切った玉子焼きとサヤエンドウを対角線に散らしていきながら、間にすし種を挟みこむように数回に分けて重ね置きしているため、器から目に飛び込んでくるような立体感がある。玉子焼きの黄、こはだの銀、えびの紅白、おぼろの淡黄、マグロの深紅、サヤエンドウの緑などが交じり合い、重なり合った彩をしばし鑑賞し、「ううっ、早く食べたいっ」という思いを加速させてから箸を入れる。マグロやこはだ、赤貝やえびのうまみに浮かれていると、下に隠れていた穴子や煮ハマグリが現れて思わずほほが緩む。さらにそこに、酢バスや干瓢の歯ざわりや風味が加わって、気分はますます弾んでいく。食べ進むに従って、様々な味わいが舌の上で踊る様は、起伏に富んだドラマのように、胸をときめかす。生のすし種を配した吹き寄せちらしと煮たり〆たりと仕事を加えたすし種を細かく切って配したばらちらし、双方の魅力を集結させ開花させた、心憎い老舗の演出である。

 

千代田区九段南1-4-4 3261-0621 11:30~14:30 17~22:30  日祝 九段下から徒歩一分

「寿司政」 「ちらしずし」千八百円は昼のみ

 

写真はイメージ