「噛め」。肉が囁く。

食べ歩き ,

「噛め」。肉が囁く。
「噛んで噛んで、私の血肉を、あますことなく味わいつくせ」。
 そう命じた。
「仰せの通り、いただきます。ああっ。噛んでも噛んでも肉汁がとまりませぬ」。
「嗅げ」。
「もっと嗅げ」今度は、そう囁いた。
「60日間熟成した、私の体臭はどうかい」と、鼻孔へ息を吹きかける。
「ああ、たまりませぬ。甘くいやらしく、体の中に眠りし野生に火がつきました」。
「そうだろ。そうだろう」。
肉は満足げな笑みを浮かべると、皿から無くなり、天へと昇っていった。