回わすのでも、回さないのでもない。
氷の縁を撫でながら、ゆっくりと動かしていく。
その動きを、ずっと永く見ていたかった。
まず始めに、ジョニーウォーカーブラックとアマレットは混ざられ、グラスに注がれた。
次に球体の氷を入れ、その上からラフロイグを静かに垂らしていく。
やがて、バースプーンで混ぜ始めた。
しかしその動きは述べたように、緩慢である。
回し混ぜていることをウィスキーとアマレットに気づかれないように、いや氷に気づかれないようにしているのかもしれない。
目の前で、バーテンダーが神経を研ぎ澄ましながらカクテルを作り上げていく。
この瞬間から美味しさは始まっている。
やがて運ばれたカクテルを上から見ると、不思議なことに液体が分離している。
濃い色と薄い色の層が見える。
アマレットとウィスキーは混ざっているのに、なぜ別れているのだろう。
だが不思議なことに、飲めば味わいは、甘く濃密なカクテルである。
とろりと琥珀色の液体が舌を流れ、喉に落ち、夜に艶を与える。
遠くで、タリスカーの香りが鳴っている。
その時間を舐めるように、じっくりと楽しみたい。
時間をかけて飲んでも、微塵も水っぽくならず、味わいは続いていく。
それはやはり、氷に気づかれないように慎重に混ぜ続けて生まれた味なのである。
混ぜないように混ぜる技が生んだ味なのである。
バーテンダーとは、酒場の優しい管理人という意味から来たという説があるが、その優しい目線は客だけでなく、酒と氷にも向けられていることを忘れてはいけない。
銀座「ランドスケープ」松尾一磨氏の「ゴッドファーザー」