「ゆたか」だけは、夕方に出かけたい

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とんかつ屋へは、大抵昼時に行く。

だが「ゆたか」だけは、夕方に出かけたい。

なぜなら、そば前ならぬ「かつ前」が充実しているからである。

板わさ、まぐろのぬた、焼き鳥、塩辛、酢の物、茶碗蒸しと、腹が膨らまない程度の、ツボを心得た肴が用意されている上、いずれも味に筋が通っているので、酒が進んでしまう。

店に入って直ちにとんかつを食べたいと思う気持ちを、少し焦らせて飲んでやる。

飲みながら、酔いながら、じわじわと、とんかつへの愛を膨らませる。

やはりこんなわがままな過ごし方は、一人がいい。

一人気ままにお銚子二本ほどを開けて、ほろ酔い加減という頃合いで、とんかつを注文する。

やがてとんかつは、端正な姿で登場する。

酔っているせいか、見慣れたいつものとんかつより、愛おしい。

しっとりと輝く肉の断面を見ながら、齧りつく。

きめ細かい肉に歯が包まれると、ほのかに甘い香りが漂って、豊かな肉汁が滲み出す。

そこへすうっと脂身が溶けていく。油のキレよく、生パン粉の衣はサクッと香ばしい。

味噌汁は豆腐の赤だし、キャベツは丁寧に切られみずみずしく、ご飯は香り高い。

かつはそのままか塩だけでまずはいき、後半は、キレのいいウースターソースをかけてやる。

さらにゼータクをするなら、キュウリ、蕪、人参、きざみ大根、きざみ沢庵、古漬け胡瓜のきざみという豪華ラインナップである単品のお新香を頼む。

「ゆたか」には、古き良き料理屋の誠実がある。真っ直ぐな職人の心が通っている。そんな下町食堂で過ごす清々しい時間は、今や貴重である。