シリーズ<ASMRの時間です>
ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)
人が聴覚や視覚への刺激によって感じる、心地良い、脳をゾワゾワさせる反応・感覚。直訳すると「自律感覚絶頂反応」
「じゅわっ」。
噛んだ瞬間、食材の体液が、一気に口の中へ流れ出る様子を捉えた、ASMR(擬音語)である。
よくテレビでグルメレポーターが、「わっ、じゅわっと来て、むっちゃジューシーです!」と、叫んでいるアレである。
アレであるが、アレはいけない。
安易すぎる。
カレーパンも、スープも、ハンバーグも天ぷらも、すべて「じゅわっ」を、使ってしまう。
こうした安直な使用は、ASMRのインフレ化や劣化、退化につながると考えられる。
ASMRとは、おいしい気持ちの「真言」である。
だからこそ人の心を動かし、脳がゾワゾワするのである。
言葉を使用する前に、慎重かつ真摯な気持ちで臨まなければならない。
「じゅわっ」の使用に際し、留意すべきは以下の二点である。
一、流出する液体が、単なる水分や人間が手を加えた液体ではなく、食材自身が蓄えた養分であること。
二、出来れば外周に、「カリッ」ないしサクッとした衣があり、その食感対比で、「じゅわっ」が強調されること。
以上の要件を鑑みると、やはりフライが、最適な使用条件を備えていると言えるだろう。
中でも体液量や養分という点で、エビやイカ、豚より群を抜くカキフライは、メンチカツと共に、「じゅわっ」が活躍する、最高の舞台である。
なにしろ年中食べられないのがいい。シーズン到来まで、我慢を重ねた「じゅわっ」が、爆裂するのがいい。
目の前に揚げたてのカキフライが運ばれる。茶色い衣に包まれた、ふっくらと膨らんだそのお姿に、目を細める。
その豊満な体の中に、牡蠣のエキスをため込んでいるのだと思うと、喉が鳴り、腹が鳴る。
一つとる。最初はなにもつけずに、そのままガブリ。
いやここは、ゆっくりと噛もう。
すると歯は、香ばしい衣にカリリと当って、牡蠣にめり込み、その瞬間、甘い、ミルキーな海の滋養が、「じゅわっ」と口の中に流れ込む。
いやこれは、「じゅわっ」ではなく「じゅうわっ」ではないか。
「じゅわっ」の速度ではなく、ゆるやかに流れ込む感覚は、「じゅうわっ」と表現したい。
この店のように、牡蠣を二個抱き合わせて揚げたカキフライは、一個揚げよりさらに「じゅうわっ」のエキスが豊かで濃く、幸せも倍増する。
幸せにうっとりと目を閉じ、「じゅうわっ」が舌を過ぎ、喉元に落ち、うららかな春の日差しのように胸を温める。
そうか。
「じゅうわっ」は、「俺の養分を食べてくれよぉ」という、牡蠣の雄叫びだったのか。
「じゅうわっ」ASMR 流動目咀嚼時体液流出属。
豊富な養分を持つ食物を、噛んだ時に発生。「じゅわっ」とは同義であるが、より流出速度が遅く、カキフライを食べた時に顕著に感じられる。
「じゅぅわっ」採取場所「レストランサカキ」。
三陸広田湾産の牡蠣を使用。二個向きを変えて抱き合わせ揚げた俵型フライは、火の通しも精妙で、どこから噛んでも牡蠣のエキスが爆裂する。