こんなエロい魚料理を作る人を、他に知らない。
“エロい”とは、すなわち魚にまだ命の芯が灯っていることを言う
だから口に運ぶと、「わたしを噛んで、味わって、匂いを嗅いで」と、懇願するかのように、囁いてくる。
揺れる船上で、繊細な皮を汚さぬように慎重に掴み、神経締めしたという奇跡のタチウオは、縁側を取り除き、糸造りにされる。
梨の細切りに、新生姜根や三ツ葉などとあえられる。
醤油はない。わずかにかかっているのは、蝦醤だろうか。
グリッと、タチウオに歯が吸い込まれる。
シャキッと、梨が音を立てる。
しなやかなにタチウオが身悶え、本性がじわりじわりと染み出してくる。
まだ脂が乗っていないぶん油の香りに邪魔されない、ほの甘い香りと淡くも凛としたうま味が舌に広がっていく。
それは梨のみずみずしく爽やかな甘さと呼応して、エレガントを生み出す。
その気品に、胸が高まった。
そして誰も、僕が密かに頬を赤らめたのは知らない。
北山智映37歳の料理である。