伊藤シェフは、勝負をかけてきた。
前菜の一皿は、
「仔牛のタルタルと生牡蠣」である。
生の牛肉と牡蠣である。
タルタルより大きめに切られたコレーズ産の仔牛と、天然牡蠣に牡蠣のエキス、白ワインビネガーとシェリービネガーと合わせた出汁、世界で二番目に水質がいいと言われるアムール川で獲れたキャビアが合わされる。
仔牛の幼い、まだ汚れてない滋味に、澄んだ海で育まれた牡蠣のミネラルが抱き合う。
海と陸の、純粋な養分同士の結びつきが舌に宿る。
そこには、生の神秘に触れた不思議な感動があって、心が震えた。
人間が作った者なのに、うかがい知れない自然の力同士の響きあいがある。
ただ合わせたというのではないだろう。
切るサイズ、食材の見極め、キャビアや液体の量など、すべてがこの一点というところで決めた、精緻の極みが生んだ美しさである。
さらに。
「アルバ産の白トリュフは、リゾットやパスタなどにした方が一番美味しいとは思うのですが、それでは面白くないと思今して」と、次の勝負をかけてきた。
オマール、フォアグラ、とんがりキャベツを重ね、グリビッシュソースと白トリュフをかけた料理である。
それらを一緒に重ねて食べる。
笑った。一口で笑い出した。
様々な要素が重なりながら出過ぎていない。
「ほらオマールってうまいだろ」と、皆が主役のオマールを引き立てている。
ポシェされたフォアグラは脂のコクと香りで持ち上げ、キャベツの甘みが重なり、ソースの酸味と優しい卵の甘みが加わり、白トリュフが扇情する。
色気をたたえながらも、母が作ったような大きな温かみに包まれている。
食材の生命力をぶつけながら、高め合い、これ以上やったらやりすぎだよという一歩手前のギリギリの一点で、共鳴させている。
これぞフランス料理。
Paris「L’ARCHESTE」伊藤良明シェフ、渾身の勝負作である。