山菜とモツ。

シメご飯 , 食べ歩き ,

牛になった。
土に帰った。
原始の食欲が渦巻いた。
数時間前に山から持ってきた山菜と、昨日と畜されたという牛の内蔵を鍋した。
山菜は、さかな人の長谷川さんが採ってそのまま車で運んでくれ、内蔵は、サカエヤ新保さんが運んできてくれた。
山菜は、セリ科 アシタバ セリ。クスノキ科 クロモジ。ミカン科 カラスザンショウ サンショウ。キク科 モミジガサ ヤブレガサ。アブラナ科 オランダガラシ(クレソン)。 ショウガ科 ミョウガ。 ウコギ科 ウド。 イネ科 モウソウチク。
内蔵は、ホルモンとセンマイに、天肉である。
果たして、モツと山菜は会うのか?
味わいは、そんな人間の愚かな想像を遥かに超えていく。
新鮮ゆえに、コリリと弾む痛快なセンマイに、天然クレソンやフキの鮮烈がぶつかり、ホルモンの甘い脂に、山椒や黒文字の香りが駆け抜ける。
噛み締めるほどに滋味を感じる天肉を、芹やアシタバの澄んだ苦味が味を深くする。
山菜はひきしまり、輝き、磨きに磨かれて、よどみや濁りを霧散させ、精神を引き締める。
内蔵は、新鮮な内蔵は、奥深く静かで、寛容な味わいがあり、山菜と出会って、鋭敏な味わいを発揮するようだった。
初めて、雲古が緑になるまでの量の山菜を食べたが、それは原始的食欲の記憶を呼び起こす体験でもあった。
鍋が終わって麺をいれ食べた。
山菜の香りとほろ苦さ、内蔵の旨味と脂が溶け込んだ汁を吸った麺は、こよなく危険な食べ物である。