モンドバー長谷川

So Long

食べ歩き ,

So Long
創業は、1980年、銀座8丁目に店を構え、多くの粋人に愛されてきた。
だが2015年に一旦閉鎖し、オーナーの長谷川さんはベトナムホーチミンで数軒バーを成功させる。
やがてベトナムは人手に任し、2019年に再び「モンドバー長谷川」として再開された。
昔の常連や、ホステスさんが気楽に来られるようにと、チャージも安くして始められたのだった。
以前8丁目店での忘れられぬ思い出がある。
一人カウンターで飲んでいると、鍋が個室に運ばれていった。
「なんの鍋ですか?」と、聞くと
「フグちりです」。バーテンダーは平然と答えられた。
この店は食べたいものをお願いすれば可能な限り作ってくれるのだという。
そうして生まれたのが名物「コンビーフサンド」である。
ある日のこと「コンビーフサンドを、今度作ってください」と、常連の紳士に言われ、主人は返答した。
「はい承知いたしました。ご用意しておきます」。
微塵の緩みもなき三揃を着こなしている紳士からの注文としては、可愛らしかったが、コンビーフサンドに格別な思いがあるのだろう。
「今夜はコンビーフサンドのご用意がございます」。
日を改めて来た紳士に伝えた。
すると口ひげの箸を少し緩めながら
「お願いします」と、答えられた。
コンビーフを炒めて、バターを塗ったパンに挟み、少しだけマヨネーズとマスタードを塗って出した。
「私のわがままな願いをお受けしてもらい、コンビーフサンドを作っていただき、ありがとうございます。でもこれは違います」。
一口食べた紳士はそう言われた。
どこが、なにがどう違うのか。
それを聞くことはできる。
だが、聞かないで望みのものを作りたい。
客の無言の思いを汲んでカクテルを作り続けて来た、バーテンダーの血が騒いだ。
それから何回作ったことか。
「これです。僕の求めていたコンビーフサンドはこれです。いやあおいしい。ありがとうございます」。
ある日紳士はそう言って、子供のような笑顔を初めて作った。
そのコンビーフサンドは優しい。
例えていうなら淑女である。
コンビーフ缶を食べて感じる、乱暴さや粗野が一切なく、丸い味に変身している。
それが香ばしいトーストに挟まれて、輝く。
どうやって作っているのか、想像ができない。
でもこのコンビーフサンドを食べると、背筋がスッと伸び、気分が穏やかになる。
コンビーフサンドの今夜の相手は、年代物のジョニ黒のハイボールがいい。
「モンドバー長谷川」は、年内に店を閉じる。
昨夜は何人かで集まり、料理も数皿いただいた。
カクテルも日本酒も飲んだ。
「ポテトサラダ」
「自家製ハム」
「おでん」
「嬉野温泉の湯豆腐とその汁を使ったリゾットと坦々麺」
「おつまみスパイシーカレー」
ティファニーの器に入れられた「牛すじ煮込み」
「オイルサーディン焼き」
そして「たまごサンド」と「コンビーフサンド」。
さようなら長谷川さん。
銀座の止まり木がまたひとつ消えてしまうのは悲しいけど、まだしばらくは新橋で会いましょう。