焼肉好きである。焼肉同士のマイミクやまさんとは、数々の店で肉焼き免許皆伝を得、さまざまな店を踏破して来た。
そこで本場韓国にて焼肉、特に内臓類を食べようと出かけたのである。しかし反面内心では、韓国って言っても荘は日本と変わらないだろうと思っていた。
内臓類は鮮度と下処理とカットの仕方と味付けにあるからで、東京、大阪、京都のトップクラスの店で食べ、知悉してきたからゆえ、韓国っていってもそうは変わらないだろうと予測していたのだ。
ところがその予測はあっけなく覆された。
店の名は「熊石コンバウィ」。裏路地にあって外見は静かだが、店内は異様な熱気に包まれていた。それもそのはず、満席の客たちがすべて肉と戦う男たちなのだ。
カーン。ゴングがなった。いざ闘わん。丸テーブルの真ん中は彫られていて炭が入れられている。その上は天井から象の鼻のようにダクトが降りてきている。
ミノが塊なのである。日本では、約四センチ長幅ほどに切られ、店によっては格子状に包丁目を入れて出される。開いた姿が蓑笠のような三角形ゆえに、韓国ではフェッカッ、日本ではミノと呼ぶ、牛の第一の胃袋だ。
それがどうだろう。長さ五十センチ、幅十五センチという勇姿なのである。蓑傘として頭にかぶれそうな肉塊なのである。
わたしとマイミクやま氏は、的確に焼こうとして同テーブルに陣取ったが、手出しは無用。すべて店員の女性が焼いてくれる。
網の上に横たわり、音を立てる半頭分のミノは、そろそろひっくり返すべしというタイミングになると、女性店員が素早く現れ、ひっくり返す。もうそろそろ焼き上がりかなという頃合になると、再び風のように現れ、見事な鋏さばきで一口大に切る。絶妙なタイミングである。
食べれば、歯が肉にサックリと入り、ほの甘い滋味が流れ出る。見事な肉厚。並ミノから薄い筋層を取り除き、筋層の厚い部分だけを残した下処理も的確。上ミノの塊なのである。
最初からダウン。むふふ。笑いがとまらない。
続いて現れたのが、長さ三十センチ、幅六センチ、厚さ五センチに切った、アンチャン(ハラミの一部)。焼き上がりをいまかいまかと、ごくりとつばを飲み込みながら待つ。またまたお姉さんが切って、さあ食べろ。
ああ、噛めば噛むほど肉汁広がり、ちきしょうめ。味付けもほとんどないので、肉の滋味だけが攻めて来る。塩をちょいとつけりゃ、甘みふくらみ、まいったなぁとやまさんとうなづきあう。
早くも二回目のダウンくらって、チャミスルあおる。
あっという間に肉はなくなり(ちなみにこの量は三人で食べましたです)、ネギのあえものパームチムをエゴマやサンチュで巻いて、次の肉を待つ。
小腸コプチャン登場。やられた。とぐろである。
四メートルのコプチャンが、ぐるぐる五重にとぐろを巻いている。日本では縦に開いてよく掃除し(だって腸だもの)、内側の脂を必要なだけそぎ落とし、一口大に切るというのに、掃除は? 胃袋未消化物(○○ち候補生)はどこへいっちゃったの?
お姉さんに切ってもらったコプチャンに、塩をつけ、口に運ぶ。特有のくにゃりとした食感から脂の甘みがにじみ出、続いてさんまのワタのような苦味が広がる。おおっこれぞ未消化物。甘みと苦味が入り混じって興奮呼ぶ。
鼻息荒く、目は充血し、舌は波打ち、体は前のめり。
この苦味を味わってこそ内蔵なのだ。日本は甘っちょろいゾ。四谷名門のスーパーホルモンだってまだ甘い。内蔵を食らうということは、本能揺さぶる官能行為なのだぁ。
さすが牛一頭を百以上の部位に分類命名する、先進牛食民族。日本では衛生法上不可能だが、この国の人たちが、いかに牛肉愛しているかよくわかる。
ネギのあえものパームチムをエゴマやサンチュで巻いたり、トンチミ(水キムチ)の上品な酸味で鎮静化させようとするも、発奮は収まらない。
青唐辛子かじったり、揚げにんにくで高揚したりと危険行為に走り始めるのであった。
続いて現れたのがカルメギ(豚肉のハラミ)。背骨がとろけそうなミルキーな甘みがあって、こいつを緑色の辛酸っぱい、ハラペーニョ風のソースにつけて食べりゃ、味がぐっと閉まるってわけさ、分厚く切られたレバーの脂の甘みに、目を丸くしていると、再びとぐろが現れた。今度はテッチャン(大腸)である。
大腸である。写真では見せられないが、とぐろのレベルがちがう。おおってなもんで、心の中でこぶしを上げる大きさである。ついに頼みやがったか日本人と、周りの韓国の人が頼もしい目で見られている気分にもなる大きさである。
ひんぱんに脂が滴り落ちるので、お姉さんも付きっ切りで焼いている。
そして皿に。甘い。脂がじわじわあふれ出てとまらない。しかも切れがいい。
もう食えん。となったが、肉食いストの意地でカルググスとテンジャンチゲを追加する
高揚した気分をなだめるかのように、しめの料理は穏やかである。
一口飲むと、ほっとため息が出る、淡い淡い滋味が漂う肉スープにからむ、平打ち細うどんのカルグクス。
熟成した味噌のうまみが優しい、テンジャンチゲ。
さらには、コーン茶に、干し柿の甘みとシナモンの香りを加えたスジョンパ飲めば、あら不思議。
頭に登った血は降り、気は静まって、明日も食べにきたくなる。韓国焼肉おそるべし。