艷やかに焼き上がったトゥルトが2つ、こちらに向かって囁きかける。
「さあ早く、私の体をナイフで突き破って」。
やがてトゥルトは、深紅のソースの上に鎮座し、ビーツと根セロリのムースを従えて、運ばれた。
断面には、挟まれたフォアグラと鹿肉、森鳩の肉が、誇らしげに輝いている。
ごくん。
早く食べたい。
早く食べたいが、「お前に私の力がわかるかい」と、問いかけてくる威厳がある。
キジや鹿、鳩や豚肉、各種レバーや鶏胸肉などによるファルスとフォアグラの脂の香りが。広がっていく。
森バトは、猛々しい血の味をにじませ、鹿肉は、澄んだ血の味で舌を包む。
心躍らせる持ち味の対比は、やがて渾然となり、香ばしいパイと舞いながら、口の中で高みへと登っていく。
噛むほどに、食べるほどに、我々を森の中へと引きずり込み、自然の怖さと妖しさを、心の肌になすりつける。
やがてそれは、次第に色香を灯し、官能を陥落させる。
ソースは、旨味の濃度が極めて高く、それでいながら清々しいまでの透明感がある。
このソースをスプーンに満たし、肉とパイを乗せてやる。
ソースに溺れた肉は、色気を膨らませ、もうやめてと言いたくなるほど妖艶を醸し出す。
そこへ赤ワインを出会わせる。
鼻息が荒くなり、上気する。
頂いたのは昼だったが、そこには確実に夜の誘惑があった。
新しく店に招かれた手島純也シェフのスペシャリテを、特別にお願いして作っていただいた。
以前ある方が「ロオジェ」のシェフだったジャックボリー氏に聞いたことがあるという。
「今度フランスに行くのですが、おすすめのレストランを教えてくれませんか?|と。
するとジャックさんは即答したという。
「フランス料理のエスプリは、京橋にある」。
百年続くレストランにしたい。
古賀シェフはそう願い、手島シェフを招き入れた。
フランスよりフランスらしい料理がここにある。
古賀シェフの切なる願いは、着実に育まれ、根付きつつある。
京橋「シェイノ」にて。