新いくらは健気である。
口に含むと、プチンと弾ける食感はなく、しなやかにつぶれて液体となり、喉に流れ落ちる。
その刹那、ふっと香りを広げる。
そこには、まだ拙い香りと甘みを懸命に伝えようとする、命の目覚めがあって、どうにも健気に思えてならない。
仲田シェフは、そんな新いくらを、ゲヴェルツトラミネールに漬け込んだ。
ライチやカモミールの香りをまとった新いくらは、ほんのり色気を帯びて、エレガントにつぶれゆく。
そこへすかさずゲヴェルツトラミネールを流し込む。
フロマージュ・ブランで作ったセルベルドカニュの油分か、いくらの香りを弱め、ワインに溶けて、思わす顔が緩む。
さらにそこへビーバーブレッドのサワーブレッドが、滑り込む。
そのほのやかな酸味に、またワインを飲みたくなる。
ワインを飲めば、またいくらを食べたくなる。
ワインといくらは合わない。
そんな常識を打ち破るべく、仲田シェフが生み出した傑作である。
これぞ新時代の居酒屋としての真骨頂であり、心意気なのだ。
いくら
サケの魚卵で、産卵前の熟した筋子の卵を包む薄い膜(卵巣膜)を取り除き、1粒ずつに分けたものを呼ぶ。バラ子ともいう。冷凍技術の発達により、一年中楽しめるが、旬は、鮭が産卵を迎える、九月から十月下旬。新いくらと呼ばれる九月頃は皮が薄く味も淡く、十一月に向かって味は濃くなっていく。北海道の他、青森、宮城、山形、新潟も産地として知られる。