「寿司に挑戦したいんです」
4年前に聞いた時、なんて無謀なことを考えるんだと思った。
彼は寿司職人でも日本料理の板前ではない。
人間の舌は保守的である。
新しい料理が出された時、心の片隅で既存の料理と比べてしまう。
食べたときに、これなら普通の寿司を食べたほうがいいやと、一瞬でも思わせてしまっては、負けである。
それでも塩澤さんの思いは揺るがなかった。
「自分は寿司を握ることはできない。伝統的な寿司に勝とうとも思わない。でも寿司を表現したかった」。
鹿児島で初めてその寿司を食べて、目を丸くした。
コハダ、イカ、エビの握りだったが、心から、素直に美味しいと思う料理として成り立っていた。
今まで食べてきた寿司と比較してどうだったかという話ではない。
それは寿司の新しい形、未来の形ではなく、寿司という題材を元に作った新しい料理だった。
寿司に「自由」を与えたといっていい。
今回京都で新店舗に移転すると決まり、さらに寿司のバリエーションを増やし、深化された。
コハダ、フグ、タカエビ、中トロに、アジ、ソデイカと続く。
さらにカンパチ、イクラ、バショウカジキ、カツオ、牛タンの昆布締め、穴子の蒸寿司と出された。
どれも既存の寿司とは全く違うアプローチである。
酢飯は特別ブレンド米を、数種の黒酢とホワイトバルサミコ、ロゼバルサミコなど13種類のヴィネガー、喜界島の黒糖、鮎魚醤、ドライトマトを合わせているという。
魚の方だが、例えばアジは、シチリアをイメージして、焼いた鯵のアラのブロードとフィノッキオ、松の実、レーズンを加え、倍濃度昆布出汁、鮎魚醤、トレハ塩で調え、酢洗いを参考に カラマンシーヴィネガーとシチリア産イワシのコラトゥーラを合わせたもので仕上げているのだという。
しかし食べると、その複雑さは感じない。
昔からあった仕事かのように、アジと酢飯が馴染んで、エレガンス生んでいる。
そして喉元に落ちる頃合いに、ふっとシチリアの風が吹く。
ナニよりも素晴らしいのは、どの寿司も、魚と酢飯が一体となり協調した、寿司で最も大切な合一性があることである。
しかしこれらの手の込んだ仕込みを、全て一人でやられているのだから、気の遠くなるような仕事量だろう。
何日も徹夜されたと言われていた。
明らかに変態である。
それは、大いなる、有能な変態だからこそ生まれた、寿司の自由なのであった