噛んだ瞬間、いけないことをした気がして、鼓動が高まった。
噛んだ瞬間、淀みや粗さのない無垢な滋味に、目がくらみ始めた。
噛んだ瞬間、水の如く清らかで、いたいけな気配を漂わせる肉に、恋をした。
「レカン」時代、高良シェフがメニューから外さず、大切に育てきたという「小鳩のヴェッシー包み」を、特別にお願いした。
「レカン」でいただいた時は、ソースボルドレーズだったが、今回は、「Pigeonneau en vessie, parfum de Cognacランド産 仔鳩のヴェッシー包み、コニャックの芳香」である。
ヴェッシー(豚の膀胱)は入手困難で、今ではフランスの一流店でさえ、調理用バルーンなどを使っているのだという。
出来上がったヴェッシー包みを目の前で、切る。
その途端芳香が立ち上がって、歓声が湧き上がった。
小鳩は切られ、コニャックと鶏のフォンによるソースを添えて、皿に鎮座する。
ガルニチュールは、芽キャベツとエピオスである。
笹身は切なく、うら若き女性のほっぺたを、甘噛みしたような禁断があって、胸がときめく。
胸肉は、歯と肉が一体化してしまう誘惑があって、肉の穏やかな甘みが滲むが、噛んでいくうちに、猛々しい血の味が現れる。
それは、気品ある美女の芯に燃えていた情熱の如く、心を火傷させる。
腿肉は、焼いた香ばしさがない中で、くにゅくにゅと、皮と肉と筋を噛みしめる喜びが迫って、気分を上気させる。
すべてが、ヴェッシーに包まれて仕上がりが想像できない小鳩に、全感性と技を注ぎ込んだ、高良シェフのエスプリが生んだ、類まれなき美味なのである。