その店は、数年前から食いしん坊の間で噂となっていた。
なんでも、「上ラーメン」と呼ばれる、常連にしか出さない裏メニューがあって、地方から訪れる客もいるほどだという。 そこで早速出かけてみた。
店は、目立たぬ細い路地の奥に、隠れ家のようにひっそりとあった。たたずまいは、一見フツーのラーメン屋であるが、扉には「古代中国料理」と記されており、ただならぬ雰囲気が漂っている。
ところが店の中に入ると、餃子、ソース焼きソバ、オムライスと書かれた短冊が壁から下がる、フツーのラーメン屋の店内である。ふとテーブルに置かれたメニューを見ると、以前は常連たちの独占物であった「上ラーメン」が、小さく片隅に手書きされていた。
あまりにも好評を呼び、一年前からメニューに載せているのだそうだ。
すかさず注文し、やがて現れた期待の上ラーメンは、醤油色の澄んだスープ、中細のちぢれ麺に、シナチク、チャーシュー、海苔、青菜、ネギ、という布陣の、これまた至ってフツーな、さりげない顔つきである。
スープを一口すする。すると、ラーメンのスープをすすったときに気づく、鳥ガラ、豚骨、煮干しなどの、構成要素がどれ一つとして主張していない。スープを組み立てている一つ一つがまとまって、大きな、丸いうまみとなっているのだ。
そんなスープは、一口目から「うまいっ」などと、口走らせない。食べ進むにしたがってジワジワとうまみが押し寄せ、口触りのいい麺や、肉汁たっぷりのチャーシューと絡み合いながら、気がつくと、もう丼の底が見えている。
食べ終わったあとに「食べたぞ」と、腹をさするような実感はなく、胃には収まっているものの、うまみだけが記憶されて、まだ何杯も食べられそうな不思議なラーメンでもある。
感激をご主人に伝えると、スープの素となるゼラチンを見せてくれた。それは輝きのある飴色していて、豚骨や鳥ガラ、甲殻類の殻の粉、熊笹の粉、海草類、田七人参などを、じっくり煮込んで一晩寝かしただものだという。
強火で酸化しないように、火が弱すぎてうまみが未熟にならないように、火加減に神経を配りながら、長時間煮込んだものだという。
「動物性脂、化学調味料、塩分でごまかす事のない、体にいい、自然なラーメンです」と、ご主人が静かに語るラーメンは、一日三十人分しか作れない。