蛤を食べようとする時、好きな人と目が合ってしまった瞬間のように、鼓動が早くなる。
むっくりと貝を開けて、汁を滴らせた姿、色合い、香りに、品のある色香を感じちゃう。
いや、品というより、無垢な色気といった方がいいかもしれない。
例えていえば、恋をまだしていない、透き通るような肌をもった若き女性である。
彼女が僕に向けた無邪気な笑顔に、真っ直ぐなまなざしに、ふと心のうちを見透かされてしまう。
そんな恥じらいが、蛤を食べるときに浮かび上がる。
口に運ぶときも、なにかイケナイことをしている感じがある。
好きな人と初めてキスを交わす緊張がある。
昔の人はうまくいったもので、「蛤は吸ふばかりだと母訓え」と、江戸川柳で歌った。
色香をもっとも感じるのは、塩焼きである。
湯気の向こうに見えるは乳白色の肢体。
ああ、たまりません。
汁がこぼれぬように、唇で迎えいく。
慎重に汁を吸う。
熱々の肢体を口に入れる。
ゆっくりと噛む
海のエキスが満ち潮となって押し寄せ、目を閉じる。
蛤は穏やかに見えつつも、内面の強さはかなりのものである。
女子体操選手のように、しなやかな演技の内には強靱なる精神と肉体を秘めている。
どう料理しようが、自然の味がそのままでてしまう、ごまかしのできない貝でもある。
桑名の「日の出」にて