「ぐつぐつ」。
液体固形合体加熱時発生系鍋属。
固体と液体を同時過熱する際に発生。特に鍋、関東風すき焼きでは、食欲をワシヅカム必須グルマトペとなる。
グルマトペは形態によって、大きく二つに分類される。
一つは前号の「はふはふ」のように、料理によって人間が発する、もしくは感情が揺れる様を表すグルマトペ。
一つは、料理や食材の状態を表すグルマトペである。
今回の「ぐつぐつ」は、後者となる。
個体が液体と出会い、加熱される段階にて、派生するとされている。
煮込み料理の過程でも観測されるが、中でも食欲をくすぐるのは、圧倒的に鍋である。
鍋の汁は煮えたぎらず、ほどよく湧き上がった状態で、具材が食べごろとなり、さあ食べろと誘いかける。
その時がまさに、「ぐつぐつ」である。
「おいしいよ。今が」という伝言である。
様々な鍋が「ぐつぐつ」という伝言を送るが、最も華やかなのは、すき焼きではないだろうか。
それも割り下を使う、関東風のすき焼きである。
仲居さんが、熱した鉄鍋に割り下を少量流し入れる。
その上で、見事に霜が刺した、赤桃色の肉を広げていく。
肉は加熱され、沸点に達した割り下に押し上げられ、「ぐつぐつ」と音を立てながら、小刻みに震える。
肉の脇からも割り下が流れ出て、「ぐつぐつ」と音を立てる。
肉の「ぐつぐつ」攻撃に、「ああ、もうたまらん」と思った、その瞬間に、肉をさっと返したかと思うと、すぐに引き上げ、小皿に取り分ける。
片面はレア。片面はミディアム。炊くように焼き上げる、これぞ中居さんの真骨頂だ。
そのまま食べてもいい。スダチを絞ってもいい。
もちろん溶き玉子に漬けてもいい。
牛肉の甘みが、割り下の旨味と渾然一体となって舌に広がっていく。
肉はふわりと柔らかく、
甘い余韻を残して消えていく。
気がつけば顔はにやけ、だらしない。しかし鍋は続く。
第二弾、第三弾と肉に攻め込まれ、さらに豆腐、麩、ネギ、白滝、春菊が、「ぐつぐつ」と言いだす。
「ぐつぐつ」の波状攻撃である。
恐らく仲居さんは、この伝言を、細かく聞き分けているのだろう。
目を凝らしながらも、耳を澄ませ、火を調整しながら、大小の「ぐつぐつ」を操り、肉をはじめとした具を、最良の状態に仕上げていく。
我々はその前で、ただ食べ、にやけているだけでいい。それが最高の「ぐつぐつ」への礼儀なのだから。
「ぐつぐつ」採取場所。
「人形町今半本店」。肉の素晴らしさもさることながら、炊くように焼く,中居さんの技が一流。肉だけでなく、麩、白滝野菜類も上等。