スイカは切ったその場で食べるのが最もうまい。
その事実をみんな熟知しいてるので、手を加えて料理しようとする人はほとんどいない。
しかし一人、スイカが大好物だというシェフがいた。彼は、愛するスイカから新しい魅力を引き出せないだろうかと、虎視眈々と思案していた。五反田「ヌキテパ」の田辺年男シェフである。
「最近食べた中で素晴らしかったのは、ヌキテパのスイカのショートケーキだネ。あれはうまいよぉ」。
スイカのショートケーキだぁ?
げっ、まずそう。
食通の方が喜々として語る言葉に、僕は耳を疑った。
確かにスイカを使ったデザートは、以前よりいろいろあった。
青山「オウセボヌール」の「スイカとミルクムース」、青山「キハチ」の「スイカとココナッツの寒天ゼリー」など、白と赤の美しいデザートは、夏の宵を爽やかに締めくくってくれた。
しかし、生クリームやスポンジケーキとスイカが合うわきゃないじゃん。
気持ち悪い。
と思ったのだが、食い気より好奇心が勝るのが僕のいいところなので、翌週には、「ヌキテパ」のテーブルに座っていた。
いただいたのは、スイカのフルコースである。
まずは、シヤンパンにスイカのリキュールを加え、小さな玉にくり抜いたスイカを浮かべた、遊び心に溢れた食前酒。
次に「スイカのガスパチョ」。
ざらっとした舌触りを感じさせる緑黄色の冷たいスープに、くり抜いたスイカを十五個ほど浮かべた料理で、トマト、ピーマン、胡瓜のみずみずしさとスイカ、胡瓜の青々しい香りとほの甘いスイカの香りとの相性の良さに、たまげて、打ちのめされた。
次の「活き鮑とスイカのサラダ」では、フリットした鮑と、素揚げしたスイカの皮の、似た歯触り同士の組合せに痛く感歎し、続く「スイカのショートケーキ」では、生クリームと見事に溶け合うスイカの爽やかな甘さに、腰を抜かした。
いずれも食べるまでは想像のつかない味であり、素材と素材を大胆かつ緻密に組み合わせて新しい味を生み出す、フランス料理のエスプリに満ちた料理である。
スイカ好きと自負していた僕も、その意外な実力に驚かされた。
ただ、清純派と信じていたアイドルが、大胆な恋愛ドラマで予想外の色気を見せたように、ちょっぴり複雑な心境ではあるが。
そんな揺れる心で「ヌキテパ」を出、向かったのは恵比寿のバー「ODIN」。
ここでスイカを使った傑作「スイカのソルティードック」を飲みながら、気持ちの整理をつけ、今後のスイカとの付き合い方を、じっくり考えたのであった。