〜心に料理を届ける〜
「本当に美味しい料理を作るなら、お金をいただかないほうがいいのかもしれません」。
「野嵯和」の野澤さんは、そう静かに、はにかむような表情で言われた。
「お金をもらうとなると、この食材だけでいいのかと考えてしまう。お金をもらうということで料理にしがらみが入り込む気がするんです。高級料理店であるという足かせをしてしまうと、どんどん料理の本質から離れていってしまう。だから母親の料理って心に届くのではないでしょうか」。
恥じらいがある料理は美しい。
いやその前に色気がある。
野澤さんの料理がまさにそうである。
料理を商売とする難しさを痛いほど感じながら、完成させた喜びが皿の上で漂っている。
例えばこのぶりの料理がそうだろう。
なによりも見た目が艶っぽい。
誰もが作ったことがない、料理法ながら、てらいを感じない。
自然にさらりとしながら、一口食べた瞬間に目を見開かせる力がある。
客もまたこういう料理を目にしたら、心を無にしなくてはいけない。
今まで食べてきたぶりの料理や、食べログの点数や価格やミシュランの星や予約至難など、あらゆる情報を自分の頭から消し去り、虚心坦懐に味わなてはいけない。
そうして初めて見えてくるものがある。
だからこの料理の説明は、詳しく書かない。
あえて一言添えるなら、皿の上には「ぶり料理のすべて」があった。